情報検証研究所のブログ

オンラインサロン「ファクトチェック機関「情報検証研究所」」の活動や検証報告を公開します。

【問題提起:ETFとGPIFの潜在的リスク】 ~不測の事態に備えてリスクヘッジ手段を整備せよ~

 安倍総理の辞意表明を受けて、メディアは「次の総理は誰か」に焦点を当てています。これに連動して今後は、国内経済や外交政策、そして感染症対策について多くの論評がなされることでしょう。これらについては数多くの優れた論考が出てくると予想できますので、敢えて、あまり語られないと思われる、地味なリスクの存在を指摘致します。

なお、悲観的なケースについての懸念をすると、反発を受けたり、「そう予測している」と受け止められたり、「それが実現することを願っている」などと曲解されます。そのため余りリスク懸念を表明したくはないのですが、「義を見てせざるは勇無きなり」という観点から今回は特に問題提起します。

 

◆ 株式市場が下落すると日銀資産と年金資産が痛む

 

※ 誤解の無いよう最初に申しますが「将来株式市場が下落する」と予測している訳ではありません。(市場の先行きについての“占い”に意味はありません。例えば、40年前と比べると現在のダウ・ジョーンズ工業株30種平均(NYダウ)は30倍以上に上昇しました。このように株式市場は過去の実績では大きく上昇しておりますが、このことが将来の上昇を保証することもありませんし、逆に下落見込みの裏付けにもなりません。)

 

現在、日銀は「指数連動型上場投資信託受益権等の買入れ」(以後ETFと表記。詳細は日銀ウェブサイト参照 ※1)という手法で、日本の株式市場に上場している株式の保有をしており、その保有金額を継続的に増加させております。

また、年金積立金管理運用独立行政法人(以後GPIFと表記。詳細はGPIFウェブサイト参照 ※2)は、年金運用資産の50%超を国内外の株式資産(エクイティ)に投資しております。

今後、株式市場がこれまで同様に上昇して行く場合、含み益を形成するでしょう。

逆に、株式市場がトレンド転換し下落して行く場合、含み損が発生するでしょう。

含み損益が発生すること自体は、エクイティに限らず運用(投資)には付き物であり特に騒ぐことではありません。問題は、その額が余りに巨大過ぎて、「損失の場合には国家運営に与える影響が甚大ではないか」ということです。

 

◆ 日銀ETFとGPIFの巨額のエクイティ残高

本来、中央銀行が株式を大量に購入し続けることは極めて異例な措置であり、前例がないわけではありませんが大胆な措置です。また、年金運用でエクイティ比率が50%以上というのも、巨大なリスクを背負うことになりますので、現下の日本の状況から考えて大胆な運用方針だと感じます。(個人的印象)

日銀ETFとGPIFの2020年6月末時点残高(概数。兆円未満切り捨て)はそれぞれ以下の通りです。

日銀ETF保有残高:32兆円(簿価 ※3)

GPIF株式保有残高:85兆円(国内40兆円、国外45兆円 ※2)

両アカウント合計:117兆円(うち国内分72兆円)

(上記全て6月末)

民主党政権時代は株価も低迷しておりました。低迷理由について、民主党政権の運営が悪かったのか、それとも世界経済と日本経済に由来するものなのか、評価は分かれることでしょう。

一方、安倍政権になって以来、株式市場は堅調な推移でした(相関関係として。因果は不明)。しかしこの推移に慣れている私達には俄かに信じられませんが、株式市場は瞬間的に半値になるポテンシャルをいつでも秘めており、時価総額は幻です。

1929年のウォール街の大暴落と世界大恐慌から、もうすぐ一世紀になります。科学技術は向上し、一見すると人間社会は大きく進化したように見えます。しかし、人間個々の本性は恐らく殆ど進化していないでしょう。そのことは感染症パンデミックに伴う様々な社会的“化学反応”で露見致しました。

現在コロナショック前の高値水準で推移する株式市場が、いつ、どのようなきっかけで反転下落するかは、その有無も程度も時期も予測がつきません。1929年の大暴落直前まで、長期的な上昇に慣れた人びとの多くは「今後も上昇が続く」と考えていたようです。

現在、東証1部上場企業の株式時価総額は611兆円(8月28日現在。普通株式ベース。日経新聞ウェブサイト「国内の株式指標」より※4)、東証1部売買代金は2.8兆円(8月28日)という規模です。ETFとGPIFの国内株式72兆円とは、1日の売買代金のおよそ25倍にものぼり、短期間で売ろうとすれば値が大きく下がるので極めて困難です。もし売り崩さないように換金するならば、長期的に5年や10年はかかる規模でしょう。

要するに、フェアバリューで換金することは、現実的には極めて困難な規模に達しております。

 

◆ 経済の先行きは不透明

一方、COVID-19パンデミックが起こり、感染症自体が招く直接的な損失は一過性であるものの、それがもたらす二次的被害(後遺症)の規模と期間について、様々な見立てがなされております。しかし実際に直面しないと実感できないことも多く、経済の先行きは不透明です。経済実態と個々の企業業績は一部を除いて悪化することが見込まれておりますが、「既に悪材料は織り込んだ」とも受け取れる市場の上昇と高値圏での推移に対して、筆者は疑念と懸念を抱いております。

時価総額と共に、中国という経済市場で確保した利益があるならばそれもまた、幻に終わるリスクも大きいのではないでしょうか。(ただし、若い参加者や現在運用益を増大させている投資家には「臆病だ」として大いに嘲笑されることでしょう。)

 

◆ 仮に市場が暴落した場合、何が起きるか

現在年金運用資産は164兆円です(6月末)。このうち国内外エクイティ(株式)が運用資産合計に占める割合はおよそ51%です(2009年構成比率23%に比べ倍増)。

仮に、株価が半分になった場合、36兆円が消滅します。時価総額は幻ですが、ここで消える36兆円は現実に将来年金支給するための原資の一部です。幻と現物という意味の違いは、長年命懸けで株式投資をし続けた方であれば自明ですが、おそらく殆どの国民には伝わらないでしょう。

一方、ETFの32兆円が半分になると推定10兆円規模の含み損が発生します。(確定値が計算できないのは、直近の損益分岐点がわからないから。損益分岐点日経平均19,500円前後にあるとして推定。)

ところで“アベノミクス”では、“異次元緩和”により物価上昇率2%を目指しておりました。仮にこれが達成されるならば、エクイティ資産のコストは年数の経過に従って大きく下がって行くので損失リスクも年々減少して行くはずでした。異次元緩和は実体経済の成長が主目的だったのでしょうが、この取得コスト低減効果も実は重要な副産物でした。(それも狙っていたのかどうかは不明です。)しかし、その物価上昇は遂に実現できないまま、アベノミクスが終了することになりました。次の政権でも当面は同様の方針でしょうがいつまで続くのかは予想できません。

中央銀行の資産状況が大きく劣化した場合、通貨の信頼性や金融政策が受ける掣肘がどのような種類と規模と期間なのか、筆者には予測がつきません。また、日銀とは、日本にとって「絶対につぶせない子会社」と見做すこともできるので、単体での資産の劣化には何も意味はないかもしれません。ただし、そう言えるのは、日本が十分豊かで、健全で、これからも持続的な成長が見込める国であることが前提ではないでしょうか。現実には、少子高齢化に有効な手が打てず、成長する各国と比べGDPの成長に失敗(≒停滞)している日本が日銀資産の劣化に無関心でいられるとは思えません。

繰り返しますが、以上のGPIFと日銀ETFについての想定は、あくまでも仮定の話であり「市場が下落する」という予測をしているのではありません。仮定の上での予測計算をすると、そこだけ切り取って、「そう予想している」と扱う人がいるので恐ろしいのですが、想定されるケースは数多くあり、そのうちの1つに過ぎません。恙なく過ぎ去ってくれたら何ら問題がないので、そちら側の想定はしていないにすぎません。

 

◆ “ICTブロック経済”のリスク

1929年の大恐慌以後、世界がブロック経済圏の形成に向かい、生存圏の確保を指向して“持たざる国”日本、ドイツ、イタリアが破滅への道を歩みだしたと記憶しております。その苦い教訓から90年余りしか時間が経っておりませんが、現在の国際情勢は米ソ冷戦に変わる新たな米中経済“戦争”に直面し、対立陣営を形成し始めております。1940年前後に国家の死命を制したのは油と航空機技術でしたが、現在は情報とICT技術(インフラ)のように見えます。そのため戦いのフィールドは陸海空から宇宙・サイバー空間に移ったため、日本からは状況が良く見えません。

かつて大恐慌から始まった世界の混乱は、誰にも止められずWWⅡに至りました。はたして現代の私達はこのような悲劇の連鎖を断ち切れるのでしょうか。

ブロック経済では結局、自給自足体制をとれる国(国家群)とそうでない国(国家群)で明暗が分かれました。仮に今後、“ICTブロック経済”化が進み、鮮明な米中2極体制に移行する場合、資源の少ない日本は、民主主義の米国チームに入る以外の選択はありません。しかし日本は、そこで敵対する中国と隣接し距離的に極めて近い位置にあるため、米国陣営の最前線として局地的な紛争のプレッシャーに晒され続けることになるでしょう。自衛隊を取り巻く法制度は安倍政権下で改善も進みましたが、未だ十分とは言えません。環境の激変を考慮すれば、憲法問題もそうですが、何より予算が圧倒的に少ない状況です。

安倍政権の外交能力を所与の前提とできなくなった時、果たしてこの複雑な情勢の中でバランスを取り続けることは可能なのでしょうか。(反語ではなく単純疑問文)


◆ 結論

[ 問題点の指摘 ]

潜在的なリスクの顕在化(≒洗い出し)が必要

1:年金運用資産に占めるエクイティ投資の割合50%超は危険

2:日銀ETFには潜在的に、資産毀損の巨大なリスクがある

3:ポスト“アベノミクス”次第では、潜在リスクが炸裂する

これらのリスクの期待値計算など、リスク評価をすべきだろう。

[ 必要行動の提案 ]

下落に備えたリスクヘッジ手段の整備が必要

1:下落時にショートポジション等緊急避難措置が取れる法整備

2:ETF資産の別法人化など中央銀行からのリスク遮断

株式市場が永続的に堅調ならば何も問題はありませんが、長期的には必ず大きく上下に変動するものです。その上、額の大きなエクイティ資産は容易に換金できません。公的部門のエクイティ資産には巨大なリスク“貯蓄”という側面もあります。

国民は麻痺しておりますが、アベノミクスが日本に残したエクイティ資産(まさかこれもレガシー?)は潜在的な“時限爆弾”だと私は考えております。炸裂しないことを願っておりますが、万一暴落した時のリスクヘッジ措置として、(例えば機動的で大規模なショートポジション建てを可能にする)法律・定款の改正や、ETF資産の日銀からの切り離しなど、各種の整備を行うべきではないでしょうか。

(おわり)

(以下参照サイト)

==========

※1 日銀ウェブサイト:

https://www.boj.or.jp/mopo/measures/term_cond/yoryo85.htm/

※2 GPIFウェブサイト「管理・運用状況」:

https://www.gpif.go.jp/operation/the-latest-results.html

※3 SankeiBizウェブサイト「高論卓説」:

https://www.sankeibiz.jp/business/news/200710/bsm2007100500004-n1.htm


※4 日経新聞ウェブサイト「国内の株式指標」:

http:// https://www.nikkei.com/markets/kabu/japanidx/

※5 GPIFとは

“GPIFとはGovernment Pension Investment Fundの略で、日本の年金積立金管理運用独立行政法人のことです。預託された公的年金積立金の管理、運用を行っています。

金保険料から集められた公的年金積立金は、厚生労働大臣の預託により、GPIFが信託銀行や投資顧問会社などの運用受託機関を通して国内外の債券市場や株式市場で運用し、運用収益とともに年金給付の原資とします。

公的年金という性質上、長期的に安全かつ効率的な観点から、2018年度末現在、国内債券35%、国内株式25%、外国債券15%、外国株式25%という基本ポートフォリオが組まれています。運用環境改善の流れから、近年はリスク運用の比率を高める傾向にあります。(SMBC日興証券株式会社ウェブサイトより)”

https://www.smbcnikko.co.jp/terms/eng/g/E0080.html

 

 

【文責:田村和広】

 

 


<メンバー募集中!>
どういう議論を元に検証記事が出来あがっているのか?!
”議論の内容を知りたい!”という方、”議論に参加してみたい!”という方は、
ぜひご入会下さい!

lounge.dmm.com