情報検証研究所のブログ

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【中国ホワイトプロパガンダの研究】 ~「戦狼」趙立堅氏が紡ぐ「中国の物語」を読解~

ここ最近、中国の常軌を逸した広報活動が目立ちます。在日中国大使館がツイッターで米国を「死神」に模した風刺画を掲載し、中国版ツイッターでは「中国の点火vsインドの点火」として中国ロケットとインドの火葬の写真を並べるなど、それら品位に欠ける言動には文化の差異を感じますが、読売新聞(オンライン・紙上双方)の社説(※)でも諭されておりました。
 
今回はエスカレートする中国のホワイトプロパガンダ(※)活動の一端を整理します(あくまでも一端にすぎません)。
特に「趙立堅副報道局長」に焦点を絞り、彼の報道官就任から現在に至るまでの202本の広報案件を精読することで、中国が抱く願望の輪郭を炙り出す作業に取り組みます。
※ 「ホワイトプロパガンダ」…本稿では「政府機関などが情報源を明示した形で展開する政治宣伝」という意味で使用します。
 
 
◆ 調査対象
媒体:「人民網日本語版」(2021年4月29日時点)

http://j.people.com.cn/n3/2021/0429/c94474-9845277.html

 

「人民網」とは、簡単にいうとインターネット版『人民日報』です。中国の機関紙が配信する情報ですから、完全に中華人民共和国ホワイトプロパガンダサイトと考えて良いでしょう。人民網日本語版--People's Daily Online 

http://j.people.com.cn/home.html

 

検索:検索ワードは「趙立堅」
期間:2020年25日~2021年4月29日
対象:202本のリリース記事(検索ヒットは206本だが、重複記事は整理した。)
これらの記事をベースとして、その傾向などを調べました。
 
 
◆ リリース内容のテーマ分類別頻度
趙氏の記者会見では、主要なコメントに加え、記者からの質問を受けてそれに応える形式で対話が進行します。扱うテーマは多岐にわたり、時宜を得た質疑を長期にわたって眺めるならば、質問者と質問内容は「仕込み」であることが伺われます
。一回の会見で複数のテーマについての発表(リリース)が作成・配信されます。趙氏就任以来の14か月にわたる会見からテーマ毎に分類し頻度で順位付けをすると、次の通りの結果となりました。(グラフ1の円グラフもご参照ください。)
 
1位:新型コロナ55件(27.2%)
2位:国境線紛争50件(24.8%)
(内訳:香港台湾39件、印・南西沙・尖閣11件)
3位:その他対米反撃29件(14.4%)
4位:日本調略(攻撃)27件(13.4%)
(うち「トリチウム」関連7件)
5位:人権問題(ウイグル他)11件(5.4%)
6位:報道の自由7件(3.5%)
7位:ファーウェイ5件(2.5%)
他18件(8.9%)
 

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新型コロナウイルスの発信源の疑いが濃厚な中国ですが、初動ではリスク情報を隠蔽していた可能性もかなり高いでしょう。その証拠資料の一つは月刊正論2月号がスクープしていましたが、感染症の被害が世界に広がり始める事態に直面し、「中国に大きな責任がある」という世論が形成されないよう、米国陣営との「言葉の攻防戦」を展開します。
2月5日のウォールストリートジャーナル(以下WSJ)上に掲載された一本のオピニオン記事は、中国国内で「騒々しく鳴り響き」、まさに開戦を告げる嚆矢となりました。
  
 
◆「戦狼」誕生前夜:中国の逆鱗に触れたオピニオン
WSJのオピニオン記事『中国は「アジアの病人」』は、2月5日に配信されました。
【オピニオン】中国は「アジアの病人」 - WSJ

https://jp.wsj.com/articles/SB10756748667192203284504586181940452499276?fbclid=IwAR20oAXfz8t3FveEY-1xEA9g_rj4_epFf4lkmdiodR3e6-44HZUyFCC21Xo

 

 
当該記事で外部筆者のウォルター・ラッセル・ミード氏は、中国の金融市場に関する潜在的なリスクについて、同じ中国発の新型コロナの“エピセンター”と目された野生動物市場のリスクを引き合いに出して、論評を展開しました。
しかしこの記事にWSJが付した表題『アジアの病人』という言葉は侮辱の色彩を帯びたものだったことで、中国側の拒絶反応を誘発しました。
つまり、「(東)アジアの病人」(≒「東亜病夫」)とは元々、陰湿な英国の欲望から仕掛けられた阿片戦争の被害者「阿片で痩せ細った中国人」を指しており、転じて中国に対する蔑称であると言われます。従って、その言葉を使う心の奥底には「根拠なく東洋世界を見下す」西洋世界の視線を感じざるを得ません。
阿片戦争に始まる屈辱の歴史的経緯を考えるならば、欧米社会に属するWSJが中国に対して『アジアの病人』と表現することは、かなり強い侮蔑と挑発行為であることを認識すべきでしょう。中国にしてみれば、国を挙げての恨みの根源を逆撫でされており、心中穏やかではいられなかったでしょう。もちろん、WSJも当然それを認識しながら敢えて行った可能性は高く、その品性の無さについては中国に引けを取らない失礼な行為でした。
  
 
◆ 中国による反撃の開始
中国は、WSJの記事に対し「人種差別的だ」として即座に反撃を開始します。
産経新聞の報道によれば、
“中国側が何度も同紙に対して厳正な申し入れを行い、公開の場での正式な謝罪や責任者の処分などを求めたが、WSJ側は受け入れなかった”と中国側は説明しており、WSJの記者3名の記者証を取り消し中国国外に退去するよう要求したといいます。
“中国外務省の耿爽報道官は19日の定例会見で、北京に駐在する米主要紙ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)の記者3人の記者証を取り消したことを明らかにした。同紙が掲載した新型肺炎に関するコラムを問題視した措置。同紙によると記者3人は5日以内に中国から退去するよう求められた。
 問題視されたのは「中国はアジアの真の病人」と題したコラムで、定期的に寄稿する外部識者が執筆。新型肺炎に対する中国当局の対応や中国経済への影響などについて論評している。
 耿氏は、コラムの内容について「中国政府と中国人民の疾病との戦いの努力を中傷するものだ」と反発。その上で、コラムの見出しについて「人種差別のニュアンスを帯びている」と強く非難し、「中国人民による極めて大きい憤慨と国際社会の幅広い非難を引き起こした」と述べた。”(産経新聞(電子版)より引用)
中国 米紙記者3人の記者証取り消し 掲載コラムを非難 - 産経ニュース (sankei.com)

https://www.sankei.com/world/news/200219/wor2002190035-n1.html?fbclid=IwAR28R6Yl0c1Tpv9IeAO6JlXciVxHnKshIaZIuJ_D1tid9sIjkLY4zQG8TbE

 

  
 
◆「報道の自由」問題への延焼
中国の措置に対して、今度は民主主義陣営のリアクションが続きます。前掲の産経記事よれば、北京駐在の特派員らで組織する「駐華外国記者協会」が2月19日、WSJ記者に対する中国の措置について「深い懸念と強い非難」を表明する声明を発表したとのことです。
その前日には、トランプ米政権(当時)は中国の国営メディア5社を「中国共産党プロパガンダ(政治宣伝)機関」と認定しており、その件についても報道官の耿氏は「強烈な不満と断固とした反対を表明する」と強く反発したとのことです。この辺りの遺恨は、この後展開される「報道の自由」に関する中国側の反撃につながります。
  
 
◆「戦狼」誕生
19日の記者会見で反撃を開始した中国外務省ですが、担当した報道官の耿爽(こうそう)氏は、“知的なエリート”らしい容貌であり今一つ迫力はありませんでした。ここで中国は、ついに「戦狼」趙立堅氏を広報戦線に追加投入します。
 
2020年2月24日、趙立堅副報道局長が新たな報道官として初めての定例記者会見に出席しました。「人民網日本語版」(2020年2月25日)の紹介によれば、華春瑩報道局長が趙氏を次のように紹介したとされます。
(華春瑩報道局長:)“「趙氏は外交活動に従事して24年になる。アジア局、在米大使館、在パキスタン大使館で勤務したことがあり、豊富な外交経験と良いコミュニケーション能力を持つ」”(「人民網日本語版」(2020年2月25日)より引用)
 
また、人民網自身も同じ記事で次の通り高く評価します。
“趙氏は落ち着いており練達で、簡潔な言葉の中にも意を尽くしており、非常に論理的という印象を記者達に与えた。”(同上)外交部の新報道官が初会見--人民網日本語版--人民日報 (people.com.cn)

http://j.people.com.cn/n3/2020/0225/c94474-9661707.html

 

 
確かに趙氏の鋭い目つきや物言いには、耿爽氏とは全く違う迫力が放射されており、攻撃型の主張を展開するには適任でしょう。趙氏はその初陣で早速WSJに対する反撃に着手します。
  
 
◆ 着任早々反撃開始
国家を背負った報道官として対抗勢力とのプロパガンダ戦に臨むならば、緒戦はプレッシャーがかかったことと推測しますが「初陣」から戦闘的なコメントを放っております。
 
外交部、悪意ある侮辱を前に中国は沈黙しない
“外交部(外務省)の趙立堅報道官は24日の定例記者会見で「第一に、悪意ある侮辱、イメージを悪くする言動に対して、中国は沈黙しない。第二に、同紙が報道と論説の相対的独立を責任転嫁の理由にするのは道理のないことだ。WSJの責任者は一体誰なのか?表に出て謝罪するのは誰なのか?WSJは謝罪する勇気はないのか?独断専行した以上、相応の結果を負うべきだ」と述べた。”(「人民網日本語版」2020年2月25日より引用)
外交部、悪意ある侮辱を前に中国は沈黙しない--人民網日本語版--人民日報 (people.com.cn)

http://j.people.com.cn/n3/2020/0225/c94474-9661806.html

 

 
日本人としては、爾後展開される趙氏の言動にはほとんど同意できませんし、嫌悪感を抱く人も多いでしょう。しかし初日における上記の反論は理解可能です。1941年以前の世界では、アジアにおける欧米帝国主義諸国による横暴には、現代の中国と同水準かそれ以上の悪辣さがあると判断せざるを得ません。阿片戦争から香港租借に至る英国と中国(清)の歴史まで含めて振り返るならば、欧米社会も中国もその邪悪さは五十歩百歩と言えるでしょう。
内容は肯定できないとはいえ彼の戦いぶりや姿勢に限定するならば、精強な戦闘部隊の「行軍即捜索即戦闘」を連想させる反論への着手の早さや、「汚れ役」を演じることで我が名を汚しつつ自国の方針に「殉ずる」姿勢は大いに評価できるでしょう。味方にとっては頼りになる人物と言えるでしょう。
  
 
◆ 実は受動的だった戦狼の攻撃発動
ところで、その攻撃的な印象で「戦狼」の愛称を付けられた趙氏ですが、全ての(日本語版)リリースを読み込んでみると、実はその「攻撃」発動には、「先に中国側が攻められたテーマが存在する」という前提条件があることがわかりました。つまり、米国大統領や政府高官、あるいは欧米系メディアによる中国への非難の言動が先にあり、それへの反撃として中国側の言い分を趙氏が展開する、という順序がありました。逆に能動的自発的に欧米社会に向けて戦いを仕掛けた案件はありませんでした。
筆者独自のカテゴリー分けと判定に過ぎませんが202本のうち、何等かのテーマで反論したり反撃したりするリリースは三分の二に上る136本(≒67.3%)になりますが、全てタイミングとしては反論の形となっておりました(グラフ2ご参照)。
 

f:id:johokensho:20210511000229p:plain

その一方で、攻撃ではない「自発的な」宣伝は66本(≒32.7%)に過ぎず、全リリースのうちの三分の一に過ぎませんでした。
ただし、タイミングに関しては受動的と言えますが、その内容については牽強付会そのものであることが多いのも特徴です。日本のトリチウムを含む水の海洋放出決定に対する反論はその典型ですが、他のテーマについてもその多くは詭弁であると断定しても過言ではないでしょう。
 
 
◆ リリースの時系列推移とその変遷
趙氏の14か月を時系列で展開するとグラフ3の通りです。筆者はこれを四期間に分けましたが、それぞれの特徴を列挙して行きます。
 

f:id:johokensho:20210511000243p:plain

 
第一期:2020年2月~6月中旬⇒「コロナ震源地」責任回避期
まず、新型コロナによる中国の責任を徹底的に回避します。「発祥地の特定には科学的な知見が必要、中国ではない、WHOは素晴らしい」という主張が展開されます。「中国ウイルス」あるいは「武漢ウイルス」と呼ぶことを徹底して非難し、読売新聞にまで強く抗議しているほどです。
“「外交部、日本・読売新聞の中国関連評論に厳正な申し入れ」
趙立堅報道官は13日の定例記者会見で、日本の「読売新聞」が12日に掲載した評論に関して厳正な申し入れを行ったことを明らかにした。
【趙報道官】「読売新聞」の関連記事は事実を無視し、中国政府と中国共産党を悪意をもって攻撃し、中国に対する無知と偏見、傲慢さに満ちている。日本の人々を含めた国際社会の中国に対する認識を誤った方向に導き、報道機関としての職業的規範と道徳、基本的な良識に完全に背いている。中国側は一切の侮辱を受け入れない。同社関係者にはすでに厳正な申し入れを行っている。
(中略)
感染症は人類が直面している共通の挑戦だ。このような時こそ、協力がより必要となってくる。私たちは日本の関係方面にその誤りを正し、果たすべき社会的責任をしっかりと担い、中日両国の感染症対策協力と両国関係の改善発展を促進するために建設的な作用を発揮するよう厳粛に促していく。”(「人民網日本語版」2020年4月14日より引用)
外交部、日本・読売新聞の中国関連評論に厳正な申し入れ--人民網日本語版--人民日報 (people.com.cn)

http://j.people.com.cn/n3/2020/0414/c94474-9679510.html

 

 
第二期:2020年6月中旬~11月⇒「米国への反撃」期
中国は6月に入ると、「国内での新型コロナの流行をいち早く“制圧”」とするストーリーを打ち立てることに成功しました。一方「新冷戦」の敵とも言える米国は、感染症の猛威が日毎高まり、すっかり守勢に回っておりました。そこで、それまで打たれっ放しでいた国境紛争問題や人権問題に関する各論について、中国は丁寧かつ執拗な反撃に着手しました。具体的には香港問題への反論、プロパガンダ機関認定への反論、ファーウェイやカナダ人スパイ事件に関する反論などです。
 
第三期:2020年12月~21年2月⇒「米国次期政権見極め」期
リリースは3ヶ月でわずか11本に留まり、単月平均で約4本に過ぎません。単月で最多となる6月には27本ありましたので、最盛期の七分の一(14.8%)の水準です。この時期は、米国大統領選挙と新大統領への政権移行があり、米国側は対中政策に関してギアはニュートラルにあり積極的には動けませんでした。これはあくまでも推測ですが、そのため中国側でも反論をする材料に乏しく、“戦間期”として新政権での対中政策の動向に注視していたと考えられます。
  
第四期:2021年3月~現在 ⇒「反撃再開」期
中国側としても米国の対中政策の変化を期待していたと思われますが、バイデン政権になっても明確な政策変更は行われなかったため、反撃を再開せざるを得ませんでした。ここで、米国新大統領の就任に伴い、中国側の日本に対するスタンスに大きな変化がありました。
  
 
◆ 中国を落胆させた日本の動き
意外なことに、第三期までは日本に対する趙氏の“口撃”は、ほとんどありませんでした。日本に対する論調は、ある程度節度を保った内容であり、対欧米社会で見せる「戦狼」ぶりは全くありませんでした。その背景は、米中のはざまで煮え切らない態度をとる日本に米国側から距離を取らせ、中国側に引き込むことで苦境を打開するきっかけとしたいからではないかと推測します。
2020年に国賓として習近平が訪日(来日)することには失敗しましたが、依然として王毅外相をして日本に接近させるなど、日中間の関係改善に中国側が意欲を見せていたことは一つの傍証です。
ところが、3月に入るとその姿勢が一変します。その分岐点は3月16日に開催された外務・防衛担当閣僚による安全保障協議委員会「日米2プラス2」でした。
 
報道によれば(※)、「2プラス2」では中国の海警法施行に対する「深刻な懸念」、沖縄県尖閣諸島に関する日米安保第5条適用、香港・台湾問題、ウイグル問題など米中間の争点について認識を共有していることを表明するなど、日本が米国側に立つ姿勢が鮮明になりました。
また茂木敏充外相は「中国による既存の国際秩序に合致しない行動は、日米同盟と国際社会にさまざまな課題を提起しているとの認識で一致した」とも説明し、日本は2019年の前回2プラス2後に中国を名指ししなかった姿勢から一転して旗幟鮮明な方針を打ち出しました。
※ 日米2プラス2、中国名指し「深刻な懸念」 尖閣に安保条約適用―年内再開催へ:時事ドットコム (jiji.com)

https://www.jiji.com/jc/article?k=2021031600816&g=pol

 

 
◆ 中国による対日姿勢の大転換
「2プラス2」を受けて、中国が日本に送るシグナルが「秋波」から「恫喝」に変化しました。それは即、趙氏の言動に反映されます。
 
“『「米国追従のみでは中日関係はさらに悪化」 日本の政治評論家が指摘』
外交部(外務省)の趙立堅報道官は17日、「米日共同声明は悪意をもって中国の対外政策に非難を加え、中国への深刻な内政干渉をし、中国側の利益を損なおうと企てた。我々はこれに対し強い不満と断固たる反対を表明する。すでに米日双方にそれぞれ厳正な申し入れを行った」と表明した。”(「人民網日本語版」2021年3月18日より引用)
「米国追従のみでは中日関係はさらに悪化」 日本の政治評論家が指摘--人民網日本語版--人民日報 (people.com.cn)

http://j.people.com.cn/n3/2021/0318/c94474-9830309.html

 
しかしここでも未だ日本と米国の離反を図り中国陣営に近づけることに未練があるのか、この段階では、中国は恫喝的ではあっても対米国で見せるような常軌を逸した非難には至っておりません。しかし、その待ちの姿勢も、菅総理がバイデン大統領と会談することで終わります。
  
 
ルビコン川を渡り、中国から敵認定を受けた日本
月刊正論6月号に「ルビコン川を渡った菅首相」という日米首脳会談を検証した記事がありましたが、確かにそれを裏付けるような中国側の変化でした。
4月17日を境に、「戦狼」趙立堅副報道局長による対日姿勢も大きく転換していたのです。
趙立堅氏は福島原発処理水の海洋放出について、4月12日から連続して反対論を展開しておりましたが、「中国はさらなる対応を取る権利を留保する。」と言っている通り、4月15日の段階ではまだ最終ラインには達していませんでした。
日米首脳会談が16日(:現地時間。日本時間17日未明)に開かれます。この会談により日本の対中姿勢については「2プラス2」で示されたことと同じ内容であることが確かめられました。
 
牽制なのか、首脳会談の事前情報が入ったのかはわかりませんが、16日になると趙氏の論難水準が一線を越えます。
およそ一ヶ月のタイムラグを挟んで、唐突に尖閣諸島に関する中国の一方的な主張と日本非難を展開します。それまでには見られなかった強硬な対日姿勢が印象的でした。
ここに至ってとうとう、趙氏の「戦狼外交」が日本に対しても適用され始めました。
 
◆ 品性下劣なパロディー画の扱い
趙氏は4月26日になると、福島原発処理水の海洋放出への反対を意図したものとして、葛飾北斎の浮世絵を模したパロディー画を、ツイッターの個人アカウントで配信しました。従来対米豪で発揮していたのと同じ手法です。その礼儀を失した挙動には、日本の茂木外務大臣のみならず平沢復興大臣も相次いで抗議を申し入れました(※)。
※ 北斎模倣画「事実を歪曲」 平沢復興相、中国に抗議 - 産経ニュース (sankei.com)

https://www.sankei.com/politics/news/210430/plt2104300007-n1.html?fbclid=IwAR3o8xboWHJ9JFNnxsravRMzm5b5E0ti54mhOUTF2p7mftgScuFAEgiFnK4https://www.sankei.com/.../news/210430/plt2104300007-n1.html

 

 
すると、この茂木大臣の抗議への対応として、中国側は公式の場で趙氏に反論させます。これにより、当該イラストの下品さは一個人の枠を超えて中国全体を表象するものになりました。
 
“「原発汚染水イラストに日本側が抗議、投稿した外交部報道官がコメント」
(趙立堅報道官の投稿に)日本側は厳重に抗議して削除を要求した。趙報道官は28日の定例記者会見で、この件についてコメントした。 趙報道官は、「これは中国の青年イラストレーターの作品だ。(中略)このパロディー作品は福島原発汚染水の海洋放出による処分という日本政府の一方的な決定への中国の民衆の憂慮と不満を反映している。…」と述べた。
イラストを削除するかどうかについて、趙報道官は、「イラストは正当な民意と正義の声を反映しているのであり、すでにこのツイートをトップに固定した」と表明した。「人民網日本語版」2021年4月29日”( 「人民網日本語版」2021年4月29日より引用、括弧()内の補足と省略は筆者による。)
原発汚染水イラストに日本側が抗議、投稿した外交部報道官がコメント--人民網日本語版--人民日報 (people.com.cn)

http://j.people.com.cn/n3/2021/0429/c94474-9845277.html

 

  
 
◆ 趙氏は「中国が聞きたい物語」の語り部
今回、趙立堅報道官の言動を詳細に追ってわかったことは、「中国人の思考方法や話法については、自分も含めて日本人ではよくわからないのではないだろうか」ということです。その点で石平氏のような、中国人のことを根本からよく理解し、かつ日本のために深い思考ができる人物に、もっと助言をしてもらいながら、中国の実態について学び直す必要があるでしょう。
 
趙立堅氏とは、「愛国心に溢れた外交官」或いは「習近平体制に忠誠を誓う代弁者」であり、彼の話は全て「指導層から一般人民に至るまで」の「中国人が聞きたい物語」です。そのため趙氏は科学的事実や法律的な妥当さなどは、攻撃材料になるならば大いに活用し、自分達に不利ならば軽々と飛び越え、或いは無視して詭弁を量産して行きます。これは伝統的なスタイルであり、アメリカや欧州諸国にとっては慣れ親しんだ合理性です。しかし日本に向けてこの中国の外交が展開される場合には、他国にはない苛烈な状況を招く要素がいくつかあります。
 
その一つは中国側の反日教育です。
ソ連崩壊後、中国は再び反日教育を強化したとされ、確かに歴史教科書などを通じて反日教育が展開されている証はあります。今後中国が急激な少子高齢化や経済の停滞を招いた場合、国内に鬱積する不満をぶつける対象として日本が選定される可能性は非常に高いと想定します。日本を恨む暗い情念のエネルギーは、他のどの対象国よりも多く蓄積されているからです。
さらに欧米人ならば仕方なく許容される行動でも日本人が行うと強く反発されるという事実があります。また、1世紀以上前にも日中間で日貨排斥から紛争がエスカレートして行った歴史がありますが、日本人がその構造を十分勉強したとは思えません。「中華思想とそれに当然付随する日本蔑視」という中国人のメンタリティーを日本人は良く理解できていないと感じます。
 
もう一つは日本国内にある、自らを縛る「拘束具」です。
憲法九条などではありません。さらにその奥深くにある意識のようなレベルのものです。ある時には「空気」と呼ばれ、またある時には「和魂」などと呼ばれる捕捉することが難しい「あるモノ」が、日本を覆っていることは間違いありません。この「あるモノ」の力は、ある時には米国との戦争を始めさせ、ある時には辻政信を議員にし、現代でも(語弊が有るので具体例は挙げませんが)不可解な現象を起こし続けております。
 
これらを考え合わせるならば、欧米諸国と歩調を合わせて中国に対峙するとき、米国との直接対決を避ける中国が日本だけを一層苛烈な攻略対象とするリスクがあります。
今からその対策を講じておくことは大切でしょう。
   
 
◆ むすび
趙氏に限らず中国側の言動は、その表面だけを見ていると余裕があるように見えます。しかし冷静にある程度の期間をとってその言動を俯瞰するならば、実は米国が主導する攻撃に対するカウンターとして、随分筋の通らない強弁をさせられており、必死の防戦を強要されていることが透けて見えます。
また、生き残りの戦略思考に長けた中国の矛先は、直接米国に向けられることは少なく、これまではカナダやオーストラリアなど「米国陣営の弱いところ」に向けられております。それは生き残りをかけた戦いとしては戦略合理性の高い行為です。大統領の交代に合わせて、米国に誘われるままに対中政策で共同歩調を表明した日本は、これまでとは一変して、「米国陣営の中で最も弱く、米国陣営にとって最大の痛手となる国」に認定される可能性は高く、その場合は中国からの経済的な嫌がらせや尖閣問題他で一層の攻めを受けることを覚悟すべきでしょう。
例えば北方領土交渉におけるロシアのような、「期待させつつ実は与えない」狡猾外交を、日本も真剣に学ぶべきではないでしょうか。
 
 
(おわり)
 
 
(参考)背景となる国際関係と趙氏の下品な言動の時系列推移
2008年リーマンショック立ち直りの原動力は中国⇒(中国の自信回復と侮り回復)
2015年「新大国関係」「豪ダーウィン港99年賃借」⇒(米国激怒)
2018年ペンス副大統領演説⇒(敵国認定)(現代の「悪の帝国」(evil empire)認定?)
2020年8月ポンペオ演説⇒(「新冷戦」宣戦布告?)
2020年2月新型コロナウイルス流行開始⇒(中国悪者説)
2020年2月5日NYTの中傷コラム『中国は「アジアの病人」』
2020年2月「戦狼」趙立堅氏が副報道局長に就任
2020年3月ツイッター「新型コロナは米軍が持ち込んだ」
2020年11月ファイブアイズ「目を突き刺されて・・・」
2020年11月豪風刺CG画像
2021年4月福島揶揄葛飾北斎パロディ画
 
【文責:田村和広】
 
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