情報検証研究所のブログ

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【ケーススタディ:「新規陽性者数」情報の読解】 ~情報の判定は「連立方程式」が望ましい~   

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テーマ: 「デジタル庁の本当の課題」
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11月に入り、日本では“第3波”が来たという趣旨の報道も増えました。実際、日々の新規陽性者数は22日、2,528人の新たな新規陽性者を確認し、夏の第2波を大きく越えて参りました。ところが24日にはその数が1,228人となり、22日の半分の水準にまで減りました。これはトレンド変化なのでしょうか。本稿では、この「新規陽性者」情報の取り扱いを題材として、情報取り扱いに関する「視点」を検討してまいります。
  
 
◆ マスメディアの報道
  
日本の新聞やテレビは、「新規陽性者」について「新規感染者」と呼称しその新規発生件数を報じております。例えば、11月24日の報道事例として産経新聞から記事を引用すると次の通りです。
 
1228人感染、死者15人 重症者最多、新型コロナ
国内で24日、新たに1228人の新型コロナウイルス感染者が確認された。北海道216人、大阪210人、東京186人、愛知110人など。重症者は345人で23日に続き最多を更新した。死者は北海道で6人、神奈川で3人、埼玉で2人、秋田、愛知、京都、福岡で各1人の計15人。国内の感染者はクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」の乗客乗員含め計13万6464人。死者は計2024人。東京で11人、神奈川で1人、感染者として発表した人数を取り下げた。(同紙24日記事より引用、筆者が見出し部分を太字とした。)”
 
また、NHKは次のように報じております。
 
【国内感染】24日 19人死亡 1228人感染確認(午後8時半)
24日は、これまでに全国で1228人の感染が発表されています。また、北海道で6人、大阪府で4人、神奈川県で3人、埼玉県で2人、京都府で1人、愛知県で1人、福岡県で1人、秋田県で1人の合わせて19人の死亡の発表がありました。(NHK NEWS WEBより引用、筆者が見出し部分を太字とした。)”
 
これらの報道には特段の主張もなく、「“感染者”と“陽性者”は同じなのか」といった細かい点を除外すれば、事実を報道することを意図した記事だと考えます。特筆すべき難点はありません。
  
 
◆ 読者・視聴者はこれらのニュースをどう受け止めるか
  
この“新たに1228人の新型コロナウイルス感染者が確認された”という情報から、読者が一体何を読み取るのかは、具体的には私にはわかりませんがSNSなどの反応から推定すると、次のあたりではないかと想像します。読者・視聴者を大雑把に2種に分類して推測します。
 
「COVID-19に騒ぎすぎ」と考える人:
「確か数日前は2,000人を超えていたから、半分くらいか。ピークは過ぎただろう」
「海外では数万の単位だから日本は少ない。やはりファクターXに守られているのだろう」
「新規ばかり毎日報道して誰かの役に立っているのかな」
「マスコミは新規が増えると嬉しそうに報道し、減ると累計しか報じない」
「死者が少ないから、やはり大したことはない」
「Go To」休止はエビデンスがなく非科学的
「過剰な自粛は経済に負の影響が出て自殺者が増えてしまう」
 
「COVID-19を軽視しすぎ」と考える人:
「まだ1,000人超だから、油断禁物」
「やはり“Go To”は一旦休止で正解だ」
「マスコミは何か隠している」
「これでも政府が“何もしない”のは経済優先で人命のリスクを軽く見過ぎだ」
「今後死者が増えるだろう」
  
 
◆ 情報はどう扱うべきだろうか
  
先日、日本の「新規陽性者数には曜日ごとの傾向がある」ことを、数字で検証しました。あくまでも平均値で見ただけですが、「火曜日が一番少なく、土曜日にかけて上昇する」サイクルがありそうなことが確認できました。(グラフ1再掲)

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そこで、11月の新規陽性者数について、週毎に区切り、曜日で揃えて重ね、グラフ2のように表示しました。グラフ1では「月曜日から始まり日曜日で終わる」グラフでしたが、火曜日が最も低いことが判明したので、グラフ2では「火曜日から始まり月曜日でおわる」時系列で並べたのでご注意ください。

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また、各種報道によると24日は「1,228人」、厚生労働省「報道発表資料」によると「1,522人」増加となります。しかし、メディアの報道数値には集計基準の振れが多く、厚生労働省「報道発表資料」の増減は、前日までとの整合性がとられていない数値なので比較可能とは言えない数値です。
そこで、日々の報道発表資料から筆者が集計し連続性と比較可能性が保たれている増減値を採用し「1,571人」としております。
 
グラフ2で注意深く比較し、1週間における曜日ごとの増加特性を考慮すれば、昨日の新規陽性者数は、先週のピークである2,514人の約半分ですが、まだ増加傾向の規則性を守った動きであることが見て取れます。
 
この通り、少なくとも時系列で比較しやすい形に情報を整理することで、規則性などに気が付き、平板にまたは単独で見る場合と比べて、違う風景が見えてくるのではないでしょうか。(これは、数学的読解力指導の一つの技法の応用です。)
 
◆ 他の情報と複数の要素で検証すべき
この他にも厚生労働省は各種のデータを日々公表しております。例えば「入院治療等を要する者」という情報の時系列データを見ると、変化の兆候が現れ始めております。更に「退院又は療養解除となった者の数」についての時系列データを見ると、こちらにもある兆候が現れております。本稿には掲載しませんが、情報は複数で検証しないとなかなか予測の正確性は向上しないでしょう。
  
 
◆ 「マッカーサーの参謀」は情報分析をどう考えていたか
  
大本営第二部(情報)参謀だった堀栄三中佐は、決戦場であった第十四方面軍(山下奉文司令官、フィリピン)に情報主任参謀として派遣された際、米軍の作戦についての予測を的中させ、「マッカーサーの参謀」と綽名されておりました。国家の命運と将兵の運命を担って情報分析にあたっていた、数少ない専門家でした。
この堀栄三氏は自著「大本営参謀の情報戦記」で、自分が所属した大本営内の二つの組織、第十六課(ドイツ課、西郷従吾大佐)と第五課(ソ連課、林大佐)の情報への取り組み方の違いについて、次のように説明しております。示唆に富む内容なので少し長いですが引用します。
“(ドイツ課は)何といっても大島浩という近来稀な大物武官(のち大使)を持っていて、(略)大島大使から「リッペントロップが本職に斯く斯く説明せり」と打電してくると、その内容は疑う余地のない絶対性をもつものになっていた。”
“(ソ連課は各種情報を)組織的、体系的に分析検討して、その砂礫のような情報の中から一粒のダイヤを見つけるに似た克明細心な取り組み方をする。”
“この二つの取り組み方で根本的に違っているのは、ドイツ課は徹底した親独から相手を百パーセント信用しているのに対して、ソ連課は嫌ソが基本で相手をすべて疑ってかかっていたことである。信用している方は、大島大使からの情報を絶対視して審査も何もなく、常に一方的な一本の線で見ているが、ソ連課は常に疑っているので、一本の線で一方的に見ないで、他の何かの情報と関連があるかどうかを見つけようとする。したがって二線、三線の交叉点を求めようと努力していた。”
“よく戦後の戦史研究家で、あのときこんな情報があったのに、どうしてこれを採用しなかったか、と批評する人がいる。しかし情報は二線、三線での交叉点を求める式の取り組みをやらないと、真偽の判断は難しい。”
(以上全て同書P50、51より引用、太字は筆者)
ちなみに、大島大使は1941年後半にドイツ軍の対ソ戦停滞を示す情報を掴みますが日本本国への転送を禁じたとされております。もしこれが伝われば、「ドイツの勝利」を前提としていた対米開戦の判断は覆った可能性が十分あったでしょう。
国家の命運を背負って情報分析にあたっていた堀栄三氏の領域に、平和を生きる私が到達できるわけもありませんが、少しでも近づきたいと思っております。
  
 
◆ まとめ
  
情報取り扱いの姿勢について、重要な考え方を挙げるならば、少なくとも次のようなものがあります。(これらが全てではありません。)
1. 情報は単独では理解が難しく、各種の比較検討ではじめて意味が解ることがある
2. 情報は、まず疑い、検証の後に採用する姿勢が大切である
3.情報審査においては、 単一の情報だけでなく複数の情報に照らし、連立方程式のような複数条件の共通解を求めることが重要である
 
今回はケーススタディとして、日本におけるCOVID-19の新規陽性者数を題材に情報取り扱いについてのいくつかの視点を検討しました。
サブテーマとして「将来予測の困難さ」を考える検証でした。この困難さに思いを致すとき、安易な政府批判やマスコミ批判はできないな、と個人的には思います。
また、困難であっても、「予測から逆算して今何をすべきか」については常に考え続けることも大切だと考えております。その最初の一歩は情報分析です。
この情報分析能力の基礎である「情報リテラシー」の向上は、国民一人一人の重要テーマだと考えます。
なぜなら、国民の情報リテラシーの総和こそ国家の情報リテラシーの限界を規定するからです。
  
 
(おわり)
 
(おわり)
 

【文責:田村和広】

 


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