【自動車LCA規制の罠】 ~「中国・欧州LCA規制」≒「ブロック経済圏」戦略~
今、自動車業界は大変な時代を迎えております。日本は極めて劣勢に立たされているように見えますが、国政の場ではあまり論点になっていないようです。一体どうなっているのでしょうか。
まず、自動車業界についての情報を読み取る上でミスコミュニケーションがないように、重要なキーワードについて、ここでの意味を最初に整理致します。
◆ 「LCA」とは
「LCA」とは、“Life Cycle Assessment(ライフサイクルアセスメント)”の頭文字をとった略称であり、その内容は、ある製品・サービスに関する「資源の採取から廃棄まで(≒ライフサイクル全体)の環境負荷を定量的に評価する手法」のことです。
◆ 「T t W」と「W t W」とは
「T t W」とは、「Tank to Wheel」のことです。簡単にいうと「自動車のCO2 排出」について、「自動車の燃料タンクからタイヤを駆動するまでの範囲で考慮する」という意味です。一方「W t W」とは、「Well to Wheel」のことです。簡単にいうと「自動車のCO2排出」について、「油田採掘からタイヤを駆動するまでの範囲で考慮する」という意味です。
これらは包含関係にあり、分解すると
「W t W」=「Well to Wheel」=「Well to Tank」+「Tank to Wheel」です。
◆ 自動車業界におけるLCA規制など
自動車業界では、排ガス規制などに加え、これら「LCA」、「T t W」、「W t W」という概念の環境関連規制が重要な鍵を握っており、一層複雑な「戦い」になっております。
自動車業界におけるLCAなどの規制の見通しは、例えば「2030年モビリティビジョン検討会」の資料(※)によれば次の通りです。
各国の規制動向(2020年以降) 燃費(CO2)規制
日本:WtW (2030~決定)
欧州:電池指令改定(2024~検討中)、TtW⇒LCA規制への改定(検討中)
中国:LCA規制導入(2025~検討中)
(以上、同資料P10より引用)
つまり自動車業界では、2025年から2030年にかけて、欧州と中国という巨大な市場でLCA規制が導入される可能性があるということです。(:現時点での見通し。期限や内容については、今後様々な変動が起こることも予想されます。)
◆ LCAでは日本の「自動車製造業」は戦えない
「自動車」という製品では、原料採掘から販売までのプロセス中、「部品の製造」が途中工程に必ず発生します。各種部品の製造、特に電池の製造には多くの電力が必要であり、製造時に使用する「電源のCO2排出量」もLCA評価に反映されます。そのため、工場に供給される電力の「発電時のCO2排出量」が最終製品の評価にダイレクトに反映されます。
一方、相対的に火力の比率が高い日本では、厳しいLCA規制には対応できない可能性が高いです。昨年来豊田会長が訴えているのはこの点であり、現状の日本のエネルギー政策では、トヨタ自動車も日本を出て行かざるを得なくなる、という警鐘です。
◆ ドイツメーカーの動き
https://car.watch.impress.co.jp/docs/news/1312249.html
◆ 同床異夢の中国と欧州
見逃せないのは中国市場の動向です。
ガソリンや軽油の内燃機関(ICE:Internal Combustion Engine)では先進国メーカーにどうしても追いつけない中国は、一気にEV(電動車)に更新することでICEの劣勢を一掃しようという戦略も予想されます。
欧州メーカーも、この中国の思惑を利用して、これまでどうしても駆逐できなかったトヨタのHV車を「HVはICE(内燃機関)」として市場から排除したうえで、LCA規制で完全にEV市場を押さえ自動車業界における主導権争いを有利にしようという戦略が伺われます。
しかし、これは同床異夢に見えます。少なくとも欧州勢は、「中国を利用するつもり」が「中国に利用され」てしまい、「技術はとられ、市場は中国国内企業に持って行かれる」というリスクが大きいのはないでしょうか。
1990年以降30年超の中国と欧米の交渉を眺め続けて感じるのは、「中国共産党は全く抜け目がなく、欧米以上に理不尽に振舞うことができるプレーヤーだ」ということです。つまり、「自分に有利な法律や約束は相手に突き付け、不利なら平然と無視・破棄する」、「真っ赤な嘘も平気でつける」、「恫喝も立派な外交手法」「武力の大きい方が正義」という相手なので、果たして民主主義国の欧州が上手く制御することができるのでしょうか。
◆ 日本は2030年電源構成「火力56%」でいいのか
2020年12月に経済産業省が開示した「2050年カーボンニュートラルに向けた資源・燃料政策の検討の方向性」(※)によれば、
2018年度時点で、日本の「電源構成の77%は化石燃料」ですが、2030年度では「火力全体=56%」としております。
この電源構成で「自動車LCA規制」時代(2030年)かつ「EV車」時代を迎えた場合、自動車製造場所としての日本には、あまり競争力があるようには見えません。あと8年しかありませんが、「新規制に合格した原発でさえ(訴訟対応等のために)再稼働がままならない」日本で、本当に対応可能なのでしょうか。
※ 「2050年カーボンニュートラルに向けた資源・燃料政策の検討の方向性」(経済産業省 令和2年12月2日):
◆ 結び
世界的な「LCA規制とEV車」の扱いがどうなるのか、未だ各種のシナリオを考えるべき余地があり、断定的なことは言えません。かつてドイツ車メーカーが排ガス規制逃れで「不正プログラム」の欺瞞が暴かれたように、LCA規制でも何が起きるかわかりません。
ただ、いずれにしても「国家としてのエネルギー政策に関し、『脱炭素』で一層踏み込んだ戦略を立案する」ことは、日本の産業が繁栄するための鍵を握る「差し迫った課題」に見えます。
しかし、国政の場における「接待問題」や「感染症の緊急事態解除の是非」などのやり取りをみていると、国家として「緊迫した問題」と認識しているようには思えません。今一度、豊田会長の危機感を共有する時だと考えます。
新技術の開発(イノベーション)や、国民の大幅な負担増加(再エネ電力の買取制度など)を前提としたバラ色の「カーボンニュートラル」は、成功可能性の読めない「綱渡り」でしかありません。小泉環境大臣が詭弁を弄するほど、不安感が大きくなって行く一方です。
例えば「暫定措置として原発構成比を一層高め、イノベーションで他の革新的な電源の道が開けた場合に、それに応じて原発依存比率を下げて行く」といった、十分に実現可能性のある戦略を、国家のエネルギー政策として打ち出して頂きたいと考えます。
みなさんは、どうお考えになりますか。
(おわり)
【文責:田村和広】
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