【エネルギー政策のリーダー不在こそ本当の「緊急事態」ではないか】 ~司法判断に翻弄される再稼働~
原子力発電所の再稼働に重要な影響を持つ2つの訴訟に対して、3月18日、真逆の司法判断が下されました。
この判断は、どのように読み取ればよいのでしょうか。
これらの決定について、読売新聞と産経新聞はそれぞれ社説で、次のように論じております。
◆ 読売新聞 社説
“原発裁判 司法判断に翻弄される再稼働”
“原子力発電所の再稼働は、国のエネルギー政策を左右する問題である。裁判所によって異なる判断が示されるたび、電力会社が翻弄ほんろうされる状況には、首をかしげざるを得ない。”
“東海第二原発について、水戸地裁が18日、運転差し止めを命じる判決を言い渡した。「原発そのものの安全性に問題はないが、自治体が策定する地域住民の避難計画が不十分だ」と指摘した。(中略)避難計画の策定は遅れている。原子力災害対策特別措置法は、周辺の14自治体に計画づくりを求めているが、水戸市や日立市など9自治体では策定されていない。”
“電力会社にとっては、避難計画に関する自治体の対応で再稼働の可否が変わるのは不合理だろう。”
“科学的知見を踏まえた妥当な見解である。”
“決定は、「独自の科学的知見を持たない裁判所が、住民らに具体的危険があると推認するのは相当ではない」とも言及した。”
“東京電力福島第一原発事故の後、多数の訴訟や仮処分の裁判で原発の安全性が争われている。運転を認めない司法判断は、今回の東海第二原発の判決までに7件あったが、大半がその後の裁判で、運転容認に覆っている。”
(以上、「原発裁判 司法判断に翻弄される再稼働 : 社説 : 読売新聞オンライン (yomiuri.co.jp)」より引用)
https://www.yomiuri.co.jp/editorial/20210318-OYT1T50272/
◆ 産経新聞「主張」(社説)
“【主張】伊方と東海第2 司法の揺れは混乱を招く
“(広島高裁)裁判長は、専門家の間でも見解が分かれる将来予測に対し「独自の科学的知見を有するものでない裁判所」が「具体的危険があると事実上推認するなどということは相当でない」とした。原発の安全性をめぐる高度な理学や工学と司法の距離の置き方についての分別ある見識だ。”
“水戸地裁の判決は避難計画策定の遅れ、この一点を論拠として第2原発の運転をしてはならないとするものだ。地震の揺れや津波の規模、火山の影響などに対する第2原発の安全性は全面的に認めた上での差し止め判決だ。だが、避難計画の作成は本来、自治体が行うものである。その遅滞や内容の不備を理由に原発の運転を認めない判決は、お門違いであり、理不尽だ。”
(以上、「【主張】伊方と東海第2 司法の揺れは混乱を招く - 産経ニュース (sankei.com)」より引用)
◆ 原発の稼働状況
原子力産業界が2012年に設立した自主規制組織である原子力安全推進協会(JANSI)のサイトによると、日本の原発の運転状況は、運転中6基、停止中27基とのことです(3月15日現在)。運転している比率を計算すると18.2%となります(:運転中6基÷合計33基という単純計算)。
“本日の運転状況
2021年3月15日7時30分更新
運転中(発電中):6基
停止中:27基”
◆ 問題の性質が違う「テロ対策不備の柏崎刈羽原発」
ちなみに、停止中の原発のうち、東京電力柏崎刈羽原子力発電所(新潟県)については、他の原発とは異なる課題が残っていることには留意が必要です。
読売新聞(オンライン)の報道によれば、
“テロ対策不備の柏崎刈羽原発、安全対策は「最も深刻」の評価…東電「異議なし」
2021/03/18 11:57
東京電力柏崎刈羽原子力発電所(新潟県)で侵入者を検知する複数のテロ対策設備に不備があった問題で、東電は18日午前、安全に関わる重要度の4段階評価で「最も深刻」とした原子力規制委員会の暫定評価に異議はないことを規制委に文書で回答した。これにより評価が確定した。”
(以上、「テロ対策不備の柏崎刈羽原発、安全対策は「最も深刻」の評価…東電「異議なし」 : 科学・IT : ニュース : 読売新聞オンライン (yomiuri.co.jp)」より引用)
https://www.yomiuri.co.jp/science/20210318-OYT1T50148/
◆ このままで2030年に原発20%は可能だろうか
政府が掲げる「脱炭素」「カーボンニュートラル」に関し、2030年には電源に占める原発の構成比率が「20%~22%」となる見通しを立てておりますが、司法判断に揺れる原発再稼働の状況を見る限り、厳しいのではないかと考えます。その理由は「避難計画の構造的困難さ」と「訴訟対応に要する時間の長さ」の2点です。
◆ 避難計画策定の構造的困難さ
原発再稼働の前提条件である「安全第一」の観点からすれば、避難計画の不備で差し止められる事態は、全体としては一定程度の妥当性もありそうです。なぜなら、福島原発事故でも、被曝による一次的な被害よりも、避難に関連した二次的被害の方が甚大であり、万が一の事故時には混乱が予想されるため、予め合理的な避難計画を策定しておくことは必要だからです。
しかし上記二紙が社説で指摘する通り、あくまでも自治体の不備であり、電力会社の努力でコントロールできる問題ではありません。これは原発再稼働に対して現実的に立ちはだかる構造的な欠陥であり、電力会社任せではきっと上手く解消できないでしょう。やはり、国策としてのエネルギー政策の観点から国(政府)が原発再稼働を推進し、その枠組から自治体と電力会社を指導して行くことが必要ではないでしょうか。
◆ 訴訟対応に要する時間の長さ
読売新聞が社説で指摘する通り、「福島第一原発事故の後、多数の訴訟や仮処分の裁判で原発の安全性が争われている」状況にあります。何度も差し止め判断が出されるなど、再稼働は遅々として進みません。この遅滞はこれからも続くのでしょうか。
国民が何等かのテーマについて司法に訴えることは大切なことであり、その観点から本件訴えも何も問題はありません。
問題は、その進行に長い時間がかかることです。一部の住民の要望に応えることで、圧倒的に多数である他の住民の電力コストが長期に渡り上昇している(不利益)上に、日本全体の産業界が衰退する可能性まで見え始めている現在、訴訟に要する時間の長さは切実な問題ではないでしょうか。
しかしこの問題に対して、行政がどのような対応ができるのか(どうすれば時間短縮できるのか)、法律に疎い私には見当もつきません。
◆ 高度に科学的な知見を要する判断を裁判に求める妥当性
科学的な知見を要する司法判断は、極めて難しい問題を孕んでおります。それは裁判官の資質や知見という単純な要因だけではありません。例えば、新型コロナウイルスに関する「専門家」諸氏の言説は多様でした。それらは「科学的思考とは何か」、或いは「専門知への信頼性はどう担保されているのか」などの問題も浮き彫りにしました。
裁判所の判断についても、世論は「自説に適合するから好判断、自説に反するから不当判決」とする主張に溢れております。それもあって科学的な知見を要する問題については「真実は何か」が一層見えにくくなっております。
特に地方裁判所の判決については、科学的合理性よりも「裁判官の信念」で揺れ動く傾向を感じます。
これらのことを考えると、(専門家の間でも見解が分かれる将来予測に対し)「独自の科学的知見を有しない裁判所が推認することは相当でない」という趣旨の広島高裁裁判長の言葉には、思慮の深さを感じます。
◆ 結び
日本の原発に関しては、その一般的な傾向に加え、事故の反省も皮相的で、情緒的な報道が多くなされており、反発を恐れるためなのか政府もリーダーシップを発揮できておりません。そのため、エネルギー政策に関する「日本の全体最適」は誰が設計・推進しているのか良く解らない状況に陥っております。
本当の「日本の緊急事態」とは、感染症のことではなく、今仕掛けられつつある「脱炭素」の“罠”と、日本がおかれた状況(:マネジメントの機能不全という構造的欠陥)のことではないでしょうか。
(おわり)
http://www.genanshin.jp/association/establishment.html
【文責:田村和広】
<オンラインサロン「情報検証研究所」メンバー募集中!>
どういう議論を元に検証記事が出来あがっているのか?!
”議論の内容を知りたい!”という方は、ぜひご入会下さい!