情報検証研究所のブログ

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【原発再稼働に向けた環境整備を】 ~緊急時に設定した基準と国民の心象風景を更新するために~

細野豪志議員が著した「東電福島原発事故 自己調査報告」を読みました。
東電福島原発事故 自己調査報告 - 徳間書店 (tokuma.jp):

https://www.tokuma.jp/book/b558046.html

 

事故に対応した当事者たちの証言(対話形式)が多数掲載されており、迂闊に要約も論評もできない内容でした。
当時政権内で要職(原発事故収束担当大臣)にあった細野議員は、政権全体に対する論評こそ避けたと思われますが、担当職掌の範疇で自らの責任にも及ぶ論点について、当時の関係者と対話し、また自説を鮮明に打ち出しております。「私は歴史法廷で罪を自白する覚悟を持って本書を書いた」と細野議員自身が書く通り、これは弁明ではなく自らをも告発している書でした。
 
原発再稼働に先立って避けられない課題
豊田会長(日本自動車工業会)が陰に陽に求めている通り、日本では原発の活用は必須です。世界的なカーボンニュートラルの潮流次第では、再稼働に加え新設さえ必要かもしれません。
しかし現実には、日本国民の一部には心情的な抵抗感が強くあるのも事実であり、科学的な説明を尽くしても反対論は消えないでしょう。
ところで「再生エネルギー」に関する国内世論は、先の大戦で日本が直面した「虚構(願望)と現実(米軍)の激突」と同じ構図に見えます。つまり「夢のような再エネのメリット(虚構)」と「採算の見込めないコスト(現実)」が激突しておりますが、この対立はなぜかマスメディアでは「不可視化」されております。新聞でもテレビでも、コスト面の話は殆ど登場しませんが、その意図は不明です。
結局、現実解としては「デメリットもある原発」を再稼働せざるを得ないという結論に至るだろうと予想しておりますが、実際にこれを進めるためには、「泥を被る覚悟」を含む政権の強いリーダーシップが必要です。
そして原発推進に先立ち、どうしても避けられない課題は、福島原発事故の事後対応です。緊急対応で(暫定的に)取り決めた基準や措置が、求められる「安心」に配慮しすぎており、現状は安全側にマージンを取り過ぎたもの(≒過度の安全基準)となっております。
平時となった今では見直しが当然なされるべきですが、(暫定なはずの)基準が「不磨の大典」的な硬性を帯び始めております。また、一度刷り込まれた印象が「フレーミング効果」から強固に残り続けております。
これらの結果、「安心」の基準が非科学的ともいえるレベルで固定化され、逆に事故処理を進める上での足枷となっております。
 
原発再稼働」に向けてという観点から、細野議員の「自己調査報告」を読んで私が受け取ったメッセージのうち、避けられない課題として認識できたものは以下の3つです。
以下簡単に説明します。
  
 
◆ 「原発処理水」
ここでは詳述しませんが、具体的には、除去し切れない「トリチウム」を含む処理水を海洋放出することに対し、「漁業に対する風評被害」と「事故由来のトリウムと通常運転で発生するトリチウムは違う(という誤解)」という2つの問題があります。表面的には違いを感じる反応ですが、実は同根の問題です。これらの反応の根本には、無知に基づく「誤った印象の保有」と人間が本能的に持つ「直感的なリスク忌避感」があり、どうしても根絶はできないし(思想信条の自由の観点から)すべきでもありません。この問題でまず必要なのは、「トリチウム」と「リアルな処理水の状況」に対する説明の繰り返しです。現時点で多くの国民は知らないだけでなく理解できないと推測されます。「知りたくない(一部の)人」はどこまで誠意を尽くしても説明を受け取らないでしょうが、一般国民は理解可能でしょう。今では、例えば『「ベクレル」と「シーベルト」の違い』(※)を明瞭に認識できる層も少数派でしょうから、基礎から説明する必要があります。
※ 「ベクレルは放射能の単位で、放射線を出す側に着目したものです。土や食品、水道水等に含まれる放射性物質の量を表すときに使われ、ベクレルで表した数値が大きいほど、そこからたくさんの放射線が出ていることを意味します。一方、シーベルトは人が受ける被ばく線量の単位で、放射線を受ける側、すなわち人体に対して用いられます。シーベルトで表した数値が大きいほど、人体が受ける放射線の影響が大きいことを意味します」(:環境省サイトより引用)
環境省_ベクレルとシーベルト (env.go.jp)

https://www.env.go.jp/chemi/rhm/h28kisoshiryo/h28kiso-02-03-01.html?fbclid=IwAR0SlVTyGcqJLFLwiPDeoY1eoUoUstv58WLKundLV0r9_WBVpbF9mWEodnU

 

  
 
◆ 「食品基準」
具体的な一例を挙げると、一般食品(例えば肉や野菜)の基準は、原発事故を受けて、放射性セシウムでは「100ベクレル/Kg」となっておりますが、世界的な基準であるCODEX(※)では「1000ベクレル/Kg」であり、日本の10倍です。事故から10年経過した今、この基準を振り返るならば、10倍厳格な日本の基準値は明らかに過剰でありながら、「事故由来だから」「基準を緩めるのは安全をないがしろにする行為だ」という非難を恐れるためか、未だに維持されております。(※「食品中の放射性物質の新基準値及び検査について」)
 
これが具体的にどのような影響をもたらすかについては次のような事例が参考になります。
 
NHKの報道(2月22日)によれば、
“22日に水揚げされたクロソイという魚から、基準を超える放射性物質が検出され、福島県漁連はこの魚の出荷を停止しました。福島県沖の漁で基準を超える放射性物質が検出されたのはおよそ2年ぶり(中略)放射性セシウムの濃度が、1キロ当たり500ベクレルと、国の食品の基準である1キロ当たり100ベクレルを上回ったということです。(NHK2月22日報道より、太字は筆者)”
 
試験的に取った魚から検出されたのは
放射性セシウム500ベクレル/Kg」でした。
これは国の基準「100ベクレル/Kg」を上回りましたが、
CODEXの基準「1,000ベクレル/Kg」では半分に過ぎず、「基準未満」です。
 
私には、『「基準値越え」の魚介類が取れる』というストーリーは人為的に生み出されているようにさえ感じられる状況です。
 
とはいえ、私も自家消費以外でクロソイを人に贈れるかと言われると言葉を失います。なぜなら、贈答品を受け取る人にとって、この魚が「安全安心」と感じてもらえるかどうかがわからないからです。
 
風評被害は長期に渡り無くならないでしょう。それでもまずは、基準値を平常モードで設定し直し、発生してしまう被害には(買い取りなどの)細やかな補償を続けるしかないでしょう。
  
 
◆ 「甲状腺検査」
これは、原発再稼働とは直接的な関係性はやや低下しますが、大切な問題なので触れます。現在の悉皆に近い検査は過剰である可能性が高く、直ちに取りやめることの検討に入ることを至当と考えます。
福島原発事故直後、「チェルノブイリ原発事故」の連想による被ばくへの不安感から、0~18歳の36万人(後38万人)を対象に「チェルノブイリでは増えた」とされていた甲状腺がんの検査を始められました。始めたこと自体には妥当性はあったと考えます。しかしその後、「この診断によって本来は見つけなくてもよいがんを発掘するので、逆にデメリットの方が多いだろう」という見方の方が(科学的根拠から)妥当と考えられるようになりました。しかし今でもこの検査は継続されております。
検査の廃止は一朝一夕には実現しないとも予想しますが、少なくとも、この検査によって甲状腺がんと診断され、「がん保険に加入できない」などの不利益を被る若者に対する救済策を用意することは必要ではないかと考えます。
 
◆ 結び
日本において「原発再稼働」方針には、大変な痛みと反発、頑強な抵抗も予想されます。しかし世界的な「脱炭素」の潮流から、現実的に日本には原発再稼働が必要でしょう。その前段階として対処することが必要な諸課題を先送りする時間はいよいよ無くなってきました。
国会議員の中では細野議員が孤軍奮闘しているイメージがありますが、現政権としても覚悟を決めて推進しない訳にはいかないでしょう。もはやこれは原発にまつわる問題というだけでなく、エネルギー政策という日本の死命を制する難問であり、「静かな国難」と言っても過言ではないでしょう。
「過剰に安心」を求めると、逆の結果をもたらすことがあります。その意味で、構成比によらず「絶対的な安心を求める」少数の声に配慮しがちな日本のバランス感覚には、潜在的に大きなリスクがあります。今は「政治が決断する勇気」が必要な局面ではないでしょうか。
ゼロリスクを求める「本能」と対決する、理性と胆力を備えたリーダーが待たれます。
 
(蛇足)
細野豪志議員は、「歴史法廷で罪を自白する覚悟」で書籍を世に送り出し、その上で問題解決に力を尽くすことを誓っております。これには失敗の責任から逃げなかった阿南惟幾陸軍大臣大西瀧治郎中将等と同種の覚悟を感じます。その上問題解決を目指して旗幟鮮明に原発問題に取り組んでおります。このような議員は、当時政権内で責任のあった人々の中では他に見当たりません。
その細野議員と自分を比べ「では自分はどのような貢献ができるのか」を考える時、私はとても恥ずかしい気持ちになります。
 
(おわり)
 
【文責:田村和広】
 
 

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