情報検証研究所のブログ

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【トリチウムだけじゃない! ALPSで除去できないモノ】 ~日本は今こそ自己変革を~

福島原発トリチウムを含む水の海洋放出について、想定通り国内外(中韓)の反発が続いております。福島の漁業関係者が反対することは深く理解できますが、中国の反発が長引く点は想定以上でした。しかし、それらが主張する反対理由は、科学的な観点からは根拠が不当であり、あまりに政治的または情緒的です。
一方、放出反対に対する反論(つまり放出賛成)についても考察と配慮が皮相的ではないかと感じます。政府や東電に対する不信の根幹について考えて参ります。
 
◆ ALPSでなぜトリチウムは除去できないのか
「ALPS」とは、「多核種除去設備」のことであり、その英語の名称“Advanced Liquid Processing System”から頭文字をとった略称です。処理方法を簡単に説明すると、沈殿・ろ過・吸着という物理化学的手法で、トリチウム以外の放射性物質(62種)を除去します。しかしALPSは物理化学の技術を結集した高性能システムなのに、なぜトリチウムだけは除去できないのでしょうか。それには次のような理由がありました。
 
トリチウム三重水素)は水素の仲間であり、その多くは水素同様に酸素と結び付いて“水”(トリチウム水)分子として存在します。従って、その物理化学的振舞いもまた水同様であるため、ろ過や吸着では水から分離できないのです。ただし、質量が違うので電気分解や蒸留その他の手法を使えば、技術的には分離も可能です。しかし、莫大なエネルギー(つまり費用)が必要な点や効率性の点で現実的ではないとされます。
(参考:ALPSについての東京電力の解説)
“多核種除去設備(ALPS)とは、汚染水に含まれる放射性物質が人や環境に与えるリスクを低減するために、薬液による沈殿処理や吸着材による吸着など、化学的・物理的性質を利用した処理方法で、トリチウムを除く62種類の放射性物質を国の安全基準を満たすまで取り除くことができるように設計した設備です。”(東京電力のサイトより引用)
「多核種除去設備(ALPS)」とは?|もっと知りたい廃炉のこと|東京電力 (tepco.co.jp)

https://www.tepco.co.jp/decommission/towards_decommissioning/Things_you_should_know_more_about_decommissioning/answer-10-j.html?fbclid=IwAR35eTvRWmI-zCg1qRu4zLH2ao1PfDannoWpm8Xe7zekgEVopGzT8Xjafqo

 

 
◆ なぜ科学的に説明しても信じてもらえないのか
放射線には様々な種類があります。アルファ線α線)、ベータ線β線)、ガンマ線γ線)、X線中性子線などであり、トリチウムから出る放射線は、ベータ線β線)です。
ベータ線の実体は電子に過ぎず、電子は質量が極めて小さいのでエネルギーも同様に小さく、紙や皮膚も通過できないほど弱い放射線です。そのためトリチウムは、低濃度であれば現実には何も影響がありませんが、「ゼロ」と表現することは科学的に不正確であるので控えられます。非難したい側は、それを掬い上げて「危険だ」と騒ぎます。しかし殊更に騒ぎ不当な非難をする集団はさておき、一般の人々がそれに一定程度印象操作されて、科学的に不当な見識を形成してしまうのはなぜなのでしょうか。そこには少なくとも2つの要因があると考えられます。
  
◆要因1:ゼロリスク希求本能
リスク評価は数学的な確率思考がその基礎となりますが、これは完全に知恵の活動による合理的判断です。しかし、人間が「本能的に感じること」と「数学的な確率思考」の間には大きなギャップが存在します。特に、既知で自発的に選んだリスク要因(例えば自動車利用)は小さめに感じる一方、未知で受け身で取らされるリスク要因(例えば新型感染症)は大きめに感じます。
また「損害の程度」と「起こりやすさ」の積である「期待値」がリスクですが、「損害の程度」だけをリスクと認識している人が多数です。小泉進次郎氏も環境大臣であるにもかかわらず「原発のリスクは巨大だ」という趣旨の発言をしており、リスクを損害の程度だけで認識している(※)ことが伺われます。
(※ 原発は「一旦事故が起きると経済的被害は甚大」ですが「重大事故発生確率」は極めて小さいため、積である期待値(≒リスク)は小さいというのが本当のリスク評価です。)
その起こりやすさを実感できず、本能的にリスク要因を遮断したいと願う心、つまり「ゼロリスクを希求する気持ち」は、本能に組み込まれた感情由来で自然な欲求です。これはトリチウムの科学的説明を聞かされても、自然に沸き起こることが止められない感情です。
  
  
◆要因2:政府(東電)への不信
原子力発電に関して、長期間にわたって政府や東京電力は「安全」、「事故は起こさない」という説明をしてきましたが、自然災害由来とはいえ実際に福島原発で事故が起きてしまいました。その後、メルトダウンの有無、避難の必要性、観測データ、(タンク内)残留放射性物質などの訂正が繰り返されました。そのため国民側も「政府や東電の説明を本当に信じていいのだろうか?」という疑念を払拭できずにおります。残念ですがこれもまた自然な気持ちの発露でしょう。
  
 
◆「大本営発表」はいつでも始まり得る
大本営発表」といえば、「発表者に都合がよいばかりで信用できない情報」という趣旨の比喩としてよく使われる表現です。しかし、この趣旨では、大本営の情報開示活動に関しては、実相の半分しか表現できておりません。現実に、日中戦争から敗戦までの間になされた「大本営発表」には、次のような特徴がありました。
  • 戦況が有利で実績をアピールできる時には「極めて正確でフェアに」情報を発信した。(1942年5月まで)
  • 戦況が停滞・悪化し責任を回避したい時には「歪曲・捏造した」フェイクニュースを発信した。(1942年6月以降)
このような二面性を有する情報開示でした。
「事実にフェアな発表」も「アンフェアなフェイクニュース」も、その目的は国民に事実を知らせることではなく、「軍に対する国民の支持を高め、軍事費や軍事行動の自由、つまり軍の利益を確保すること」にありました。
 
今現在、原発に関連する重大事象は起きておらず、日々の情報開示はフェアに感じます。しかし今後仮に、極めて不都合な事実が発生した場合、情報開示がアンフェアになり得る可能性はまったく排除できません。排除できないどころか、決して小さくないのではないかとさえ感じます。
確かに、現在の政府の情報発信については、丁寧で、誠実に言葉を尽くしている様子が映像や文字で伝えられております。しかし一個人と比べれば、圧倒的に強大な権力を有しているのが政府であれば、ひとたびその気になればどのような欺瞞をも成し得るでしょう。
 
トリチウムに加えて、どれほど高性能であろうともALPSでは除去できないものとは、政府(行政)への不信感でした。
 
従って、マスメディアや野党の存在意義は本来、ALPSの何倍も大きいはずですが、現実には非科学的な反政府活動や個人攻撃に堕しており、寧ろ政府(行政)や東電に事実を隠す方向のインセンティブを与えるという働きが目立ちます。
  
 
◆ 権門上に倣れども国を憂うる誠なし
小泉大臣の「削減目標46%」についてのおどけた説明映像からは、彼の傲りを感じてしまい、危うく義憤に燃えそうになります。
それは放置するとして、国際政治の場において、欧州、米国、中国が「温暖化対策」という「錦の御旗」を悪用して互いに自国への利益誘導を画策し、ライバルへの妨害活動に精を出しております。建前と本音の二重構造を持つ経済“戦争”において、日本が生き残るためには、今の組織とリーダーでは心許ないと感じます。
 
対米戦争時、アメリカだけでなく陸軍は海軍と海軍は陸軍と戦っていたとまで言われております。
現代に、経済産業省環境省が内部抗争している気配を見せられると、暗澹たる気持ちになります。
 
日本は自己変革も学習もできずに、再び敗れるのでしょうか。
 
(おわり)
 
【文責:田村和広】
 
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