情報検証研究所のブログ

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【注目の国会答弁:菅総理「原発ゼロ厳しい」】   ~エネルギー政策の実現可能性が見えた~  

 
菅総理は3月3日、参議院予算委員会原発に関する野党質問に対し、「原発ゼロで最適な政策を実現するというのは極めて厳しいと思っています。」と答弁しました。この「原発ゼロ」の否定は、重要な意味を持つ政策方針の表明と考えます。
 
◆ 明瞭な「カーボンニュートラル宣言」と曖昧な「エネルギー政策」のギャップ
昨年10月26日の所信表明演説菅総理は「2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指す」と宣言しました。
 
“我が国は、二〇五〇年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわち二〇五〇年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指すことを、ここに宣言いたします。”
令和2年10月26日 第二百三回国会における菅内閣総理大臣所信表明演説 | 令和2年 | 総理の演説・記者会見など | ニュース | 首相官邸ホームページ (kantei.go.jp)
画期的なイノベーションを前提としているこの目標は、科学合理性に照らすならば、「原発」を抜きにして実現できる可能性は好意的に考えても「算定不能」であり、厳しく見積もるならば「実現困難」なものでした。結局、表明された政策は、この時点では目標実現への道筋に不明瞭さが残る、建前色の強いものでした。
その政策の現実性を疑問視する見方は強く、例えば日本自動車工業会豊田章男会長は(全面的なEV(電気自動車)化には)「原発ならプラス10基必要」など、試算を提示しながらエネルギー政策への危機感を表明しておりました。
自工会 豊田会長が全面EV移行に懸念 小泉環境大臣「脱炭素への考えは同じ」(2020年12月18日) - YouTube

https://www.youtube.com/watch?v=6zoznlVU0VU

 
最初の表明からおよそ4ヶ月を経た3月3日、この疑問点をクリアにする発言が、参院予算委員会における菅総理の答弁の中に現れました。
  
 
◆ 3日参議院予算委員会での菅総理の発言(書き起こし)
 
“(森裕子議員)原発事故の教訓、どのようにお考えですか。”
“(菅総理) 10年前にあのような悲惨なことがあったということを忘れることなく、この原発がいかに安全安心でなければならないかと、そうしたことの教訓であります。そのためには、やはり、どんな小さいことでも、やるべきことをしっかりと、行って行く、このことが極めて大事だったという風に思っています。あの10年前の様々な検証の上に立って、しっかりとこの原発、そうしたものは安全、安心、世界で一番安心な、そうなるようにしっかり行って行きたいと思います。”
 
東京電力柏崎刈羽原発のID不正使用問題を巡り、原子力規制庁から原子力規制委員会への報告が遅れた対応について問われ)
“(菅総理安全神話から決別をして、この原発政策をやらなければならないことは、当然のことだという風に思っております。このため世界でもっとも厳しいレベルの基準を定めて、地震津波に耐え得る可能性も求め、過酷な事故が起きてしまっても十分対処できるだけの対策を要求をしっかり行って行かなければならない、それが教訓を踏まえた上で今日の姿だと思います。”
“(森議員)(規制委員会など)組織の点についてお答えいただいていないのですが、どうですか。”
“(菅総理) 世界で最も厳しいレベルの基準を定め、地震津波にも耐えることのできる対応を現在している、こうした組織というのはあの教訓の中で出来上がってきたという風に思っています。”
“(菅総理) この安全対策をしっかりと実行しなきゃならないということは当然のことであると思いますけども、そういう中でこのような不適切な事案が発生したことは大変申し訳なく思いますし、正に安全神話から決別しなきゃならない、そういう観点に立って、全体を一つ一つ見渡しながらどんなに小さなことでもそこは安全に関することには対応しなければならない、そういう観点からして極めて遺憾なことだと思います。”
 
“(森議員) 「カーボンニュートラル」を、「原発を再稼働してあるいはリプレースして行うのではないか」、「更に寿命を延ばして使うのではないか」、そういう方向で、原発を使うための「カーボンニュートラル」という話ではなくても、「もっと新しいエネルギー社会、そしてそれを本物の成長戦略に進めて行くべきではないか」と言う風に思いますけど、総理の大方針をお聞かせください。”
“(菅総理) 資源の乏しい我が国において、気候変動問題や電気料金の上昇など考える時に、「原発ゼロ」で最適な政策を実現できるというのは極めて厳しいと思っています。原発については、安全最優先、原子力規制委員会が世界でも最も厳しい水準の新基準に適合すると認められた原発のみ、地元の理解を得ながら進めて行くという政府の方針は変わってません。ただカーボンニュートラル、こうしたことを実現するときに、省エネ、まさに再エネ、様々なことがこれから大胆に行って行かねばならないということは申し上げるまでもありません。(参院ネット中継アーカイブ、3月3日予算委員会0:09:00~0:42:35/7:04:26より筆者書き起こし、太字は筆者)”
参議院インターネット審議中継 (sangiin.go.jp) 

https://www.webtv.sangiin.go.jp/webtv/index.php

 
森議員は、ID不正問題を捉えて原発問題の再燃や政権の失言を狙ったのではないかと推測しておりますが、実際には”「原発ゼロ」は困難と見ている政権の姿勢”を明瞭にさせることに貢献しました。反原発のスタンスをとる勢力からは反発も想定されますが、その負の影響よりも、政策の現実性が見えたことによる正の価値が高い質疑と考えます。
 
◆ 「原発ゼロは困難」発言の影響
昨年10月の方針演説における「カーボンニュートラル」宣言時には、「具体的なエネルギー戦略がまだまとまっていなかったために、原発へのスタンスを敢えて曖昧にしていた」ものと推測しております。つまり10月段階では、文字通りの「方針表明」に過ぎず、各政策に対しても「半信半疑」にならざるを得ませんでした。
しかし今回「原発ゼロは困難である」ということを言明したことは、「具体的なエネルギー戦略とその中での原発の位置付け」が確定し、社会の反発を受けることも覚悟して進めて行くことを決心したことの表れだと考えます。これにより政策実現の信頼性はおおいに高まりました。
その目先の効果としては、喫緊の課題となっている処理水の問題や、あるいは原発再稼働の問題が前進するのではないかと期待します。長期的には、「カーボンニュートラル」の実現に向けて各種イノベーションへの支援、再生エネルギーの現実的な発展、自動車EV化に伴う産業構造の改革など、具体的で現実的な各種政策の推進に勢いがつくことを期待します。
 
◆ まとめ
「緊急事態宣言の延長」問題や「接待問題」に隠れてしまい、注目度は高くない「原発ゼロは困難」というテーマでしたが、この発言の重要性と今後の影響に、秘かに注目致します。
 
 
(おわり)
 

【文責:田村和広】

 


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