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【森前会長の謝罪会見の敗因と改善点抽出】

森喜朗前会長の評議員会挨拶(2月3日)が問題視されたその翌日(4日)、一層の“炎上”を抑止するために、“初期消火”を企図した記者会見が急遽開かれました。しかし「不適切な発言」を撤回のうえ謝罪した会見は、その目的が全く達成できなかっただけでなく、その意図に反して逆に“火に油を注ぐ”最悪の展開を招来しました。一体なぜこのような惨事が起きたのでしょうか。
今となっては後知恵に過ぎませんが、本稿では事実を基に検証し今後の改善材料として記録してみたいと考えます。
 
◆ 問題点洗い出し:
 
1. 一段深い国内外の背景を想像する力が不足していた
国外環境に観点をおくと、大変残念なことですが、欧米社会における「日本」像には「『女性蔑視』『女性差別』の著しい社会」というものがありそうです。これは慰安婦問題などで一層強く固定化されてしまった姿ですが、文化や価値観の違いも手伝って、彼らの価値観と視点から見れば「真実」となっております。更に言うと「けしからん日本を懲らしめ強く非難することは気持ち良い」のが欧米社会で、特に虐げられている人々にとってはカタルシスとなります。このことは日本人には想像しにくいのですが、今回の騒動の背景としてこの「女性蔑視的日本」像を認識しておくことが必要でしょう。
加えて、国内的には「オリンピック開催はどうだろうか」という懐疑的な国民感情潜在的にあることが各種の調査からも伺われるタイミングでした。
これは確証はありませんが、挨拶前日(2日)の段階で、「新型コロナウイルスがどういう形だろうと必ずやる」という発言が下記のように報道されるなど、森会長の発言には既に“煙”が立ちはじめていることに気が付いておくべきでした。
東京五輪パラリンピック大会組織委員会森喜朗会長は2日、自民党本部の会合に出席した。大会の開催について「新型コロナウイルスがどういう形だろうと必ずやる」と強調した。「やるかやらないかの議論は放っておいて、どうやってやるかだ」と語った。 党のスポーツ立国調査会と2020年オリンピック・パラリンピック東京大会実施本部が合同で開いた会合で述べた。(日経新聞3日記事より引用)”
新型コロナ: 東京五輪「コロナがどういう形でも必ずやる」 森会長: 日本経済新聞 (nikkei.com)

https://www.nikkei.com/article/DGXZQODE02B8K0S1A200C2000000/

 

 
つまり、国内外ともに、潜在的には「逆風が吹き荒れるエネルギーに満ちている」状況でした。巨大な爆弾がセットされている状況を強く想像するべきでした。
 
2. 背景認識の欠如
前述のような見えにくい背景と、直接的な挨拶炎上理由という2点に関する認識の失敗(軽視)です。
まず、「なぜ挨拶発言が問題となったか」の認識が浅すぎました。恐らく謝罪会見していた時でさえ、正しく認識していなかったことが会見全体から推測することが可能です。具体的な指摘は前稿で詳細にしておりますが、話し方の技術的な水準が低すぎて、「女性蔑視発言」と受け止められても仕方がありませんでした。また一部の勢力が「性差別」や「人種差別」で“魔女探し中”にある国際情勢のもとではタイミングの面からも最悪でした。喩えるなら「マッチの火つもりでTNT爆弾を扱って炸裂させた」ことに等しい惨事でした。これはひとり森会長だけの問題ではなく、完全に組織委員会としての認識のミスでした。(「森前会長に面倒事を押し付けてCEOらが楽をしていないか?」とも感じます。)
 
3. ひとり会見
謝罪会見(4日)の映像を見て、一番強く疑問を感じたのは、森会長(当時)が一人で終始立ちながら会見をしていることです(添付画像参照)。
今回は、謝罪と不適切な発言の撤回を目的としており、いわば防衛行動です。危機管理の初歩の鉄則として、「人数的に相手より一人でも多く人員で迎える」ということを叩きこまれたものです。今回は記者会見なので「記者・カメラマンより多く」は不可能ですが、少なくとも、実質的な最高責任者である武藤敏郎事務局長(CEO)、広報責任者(担当者)、弁護士、通訳などを同席(座席も設置)させるべきでした。ここにも、状況認識の失敗(問題の軽視)を伺うことが出来ます。
 
4. 服装(ネクタイ・スーツの色柄など)
この点は、何をしてもプラス加点はありませんが減点余地は大きく、今回は「危機管理」という認識が甘いために謝罪会見にもかかわらず「紅白太目レジメンタル・オリンピックマーク入りネクタイ」は印象として不適切でした。喩えるなら「お葬式に白ネクタイ」くらい不適切でした。内心の納得感とは別に、お詫びする場ですからそれにふさわしい地味な無地の無難なネクタイが必須でした。謝罪会見を行う芸能人の添付画像が目安になるでしょう。
(ただし、IOCとの契約などで「公式ネクタイ」限定などの制約があった可能性はあります。)
 
 
5. 場所
報道によれば中央区で実施したということなので、これは組織委員会の建物でしょうか。ここは判然としませんが、報道陣の都合が良い第三者の施設(ホテル等)を決めた時間で借りて、そこに取材陣を招く形式が無難だと考えます。「偉い人」は自分のホームグラウンドで会見をしたがりますが、謝罪会見では実は逆で、自らも出向くロケーションが大切です。その上、自社施設であれば無限に近い質問を受け付ける危険性がある一方、他者設備であれば、「本来ならば全ての質問を受けたいが、施設に迷惑がかかるので予定時間で終了する」という形が取れるからです。
 
6. 時間
今回は「迅速さ」を最優先したと考えられるので、「不適切だった」とまでは評価できませんが、できればもう一日延ばして5日の午前中でこちらも体制(後述)を整え、メディア各社にも準備時間を与えた上で行うことも一つの選択肢だったと考えらえます。その方が、日本国内では夕刊に載り、翌日の朝刊では間延びしたタイミングとなることと、国外メディアにとっては深夜から早朝にかけてとなるので十分な情報提供が可能になるからです。今回のポイントの一つはフランス・米国を中心とした欧米社会で騒がれてしまったことであり、その点の認識が不足しておりました。
 
7. イライラさせる質問への対処
記者会見では、会見する人物からいろいろな言葉(言質)を引き出すことが目的なので、同じ質問を裏表から繰り返したり、望月記者(東京新聞)のような「一部を肯定するだけで別の何かも肯定してしまうことになる誘導質問」がよく使われます。森会長の謝罪会見を見ていると、これに簡単に引っかかってしまっていることが見て取れます。
例えば、冒頭で明確に撤回した言葉をあらためて持ち出され、「女性の登用」についての考え方や「辞意の有無」などを繰り返し聞かれるうちにイライラが募って行きます。それらは当然予想される質問ばかりなのですが、これにまともに答えていなかったり、「不貞腐れている」ともとられる態度の回答をしたり、謝罪会見としては最悪の感情的な対応をして行きます。年齢的な要素が影響したのかどうかは不明ですが、少なくとも場を支配できなかった苛立ちと焦りの反映と推測されます。これを回避するためには、森前会長個人の力量に任せず、複数のスタッフ陣営を揃えて会見すべきでした。
 
8. 内容
内容については、原さんの分析が適切すぎて、今のところ加えることがありません。
 
9. メディア委員会
組織委員会には、「メディア委員会」が設置されており、2021年1月15日現在で総計38名の委員が存在します。各委員は、日本を代表するマスメディアの要職者で構成されており、新聞やテレビのプロフェッショナル集団です。例えば、
日枝久委員長…株式会社フジ・メディア・ホールディングス取締役相談役・株式会社フジテレビジョン取締役相談役
石川聡副委員長…一般社団法人共同通信社顧問
 
委員では、
(以上、メディア委員会 (tokyo2020.org)より引用)

https://tokyo2020.org/ja/organising-committee/media-commission/?fbclid=IwAR0OFIxI50tFXnDP5aDrLoR9HlDx5vwRagJaOwp2k3RSTa7YVGu2iqRb_co

 

 
など、どう考えても組織委にとって記者会見は初歩的な活動に過ぎず、問題が延焼することは、片手間仕事か名義貸しでなければ、とても恥ずかしい事態でしょう。
 
 
◆ 対策
上記の通り抽出した課題への対策を以下列挙します。
 
[ 4日にすること ]
  • 最初の挨拶コメントをノーカット動画で流す
  • 動画には、書き起こした文字テキストを日本語英語フランス語で必ず添付する
  • 挨拶の要旨(executive summary)も付ける
 
[ 5日にすること ]
  • 午前中に会見を行う
  • 会見については、緊急対応としてメディア委員等の知見を集める
  • 各メディアに事前に必ず根回しする
  • 内容について、挨拶時の真意を文書で読み上げ、メディアに配布
  • 可能な限り武藤敏郎事務局長(CEO)などの実質的な最高責任者、広報担当者、弁護士、通訳などを同席させる
  • 地味な参加者はネクタイ・スーツで揃える
  • 映像は同時配信で英語・フランス語の字幕を付ける
 
[ 6日以降にすること ]
  • AFP通信社(フランス)やNYタイムズ、ワシントンポストなど、朝日新聞の記事の誤読に基づく誤報の訂正を強く求める
  • 動画は常時閲覧可能な状態を保つ
 
 
◆ まとめ
身も蓋もない言い方ですが、本件は謝罪会見に追い込まれた時点で既に負けでした。謝罪会見は「失敗の損害を最少化する」ことが限定的にできるだけであり、一発で「鎮火」したり、あわよくば「プラス転換」しようというのは余程の僥倖がない限り望めません。森前会長が本当に功労者であり、感謝すべき人物であることに変わりはありませんが、今の時代(差別などを材料に他者を激烈に攻撃することもある国際社会)では、日本の国際的な評価をダイレクトに形成する職務に適任かどうかは疑問でした。名誉職あるいは交渉の実力者として活躍してもらうことはありがたいことなので、せめてメディアに晒さないようなスタッフの配慮や努力は必要な事態でした。せめて今後の財産とするために、今後の知恵として今回の騒動を教訓にまで高める事は重要でしょう。
会長職はお辞めになりましたが森喜朗氏には心より感謝申し上げます。
 

【文責:田村和広】

 

☆参考☆


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