情報検証研究所のブログ

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【COVID-19を論ずる際に大切な“apple to apple”】 ~雑な比較は誤解のもと~

COVID-19に関する言説には、多様なバリエーションがあります。そのこと自体は言論の自由が尊重されている傍証ですから望ましい状況です。しかし、多様な主張の中に、「形式上は論理的だが前提条件や論拠に偽が混入しているために誤謬となっている」ものも多く観測されます。特に厄介なのが、比較できないもの同士を比較しているケースです。
  
 
◆ それは“apple to apple”か
 
比較したい2つの事柄について、それ以外の条件を揃えることは適切な比較のための必要条件です。例えば「10万人あたり」などで母集団の規模を揃える作業は比較作業の基礎です。
他条件を揃えた比較は“apple to apple comparison”や“apples -to-apples comparison”と表現されます。これは「同一条件下の比較」という趣旨でしょう。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)と、インフルエンザ他の疾病や事故とのリスク比較を論ずる際にも、この「同一条件化」が施された論拠なのかどうかは大変重要ですが、その確認は簡単ではありません。
  
 
◆ 新型コロナとインフルエンザの比較
 
新型コロナウイルス(COVID-19)とインフルエンザとの比較は、そのリスクの大きさを理解するための有効な手段の一つです。私自身、今年2月以来常に意識して暫定的に比較検証しておりました。(公表はしていません。)
しかし、現状の感染者数(陽性者数)と死亡者数を直に用いて感染力や致死率(死亡率)を計算する場合、それらとインフルエンザの各指標を比較することは誤導的な手法である、と考えます。なぜならば、それらの名称は同一でも、観測方法が大きく異なるのでまったく条件が揃っていないからです。
史上類を見ない強度で感染症対策を継続している2020年の状況は、それ以前のどのシーズンとも単純比較することができません。簡単に言うと、「SARS-CoV-2と従来のインフルエンザウイルスの感染力は単純比較できない」ということです。
その理由は、次の3つです。
  1. 2020年は世界をあげて徹底的な感染症対策を継続しており、そうではない従来の環境とは同一条件ではない(≒著しくかけ離れている)ので、インフルエンザとは感染の広がりやすさを単純比較できないしするべきではないこと
  2. 2019-20シーズン後半のインフルエンザの“消滅”と2020-21シーズンの出だしの“低調”は、感染症対策の影響か、インフルエンザウイルス自体の性質由来か、それともウイルス干渉等他要素の影響なのかを現時点で見極められないこと
  3. 新型コロナウイルス感染症の陽性者数(発生事例の全報告集計)のカウント方法は、従来のインフルエンザ流行状況の観測方法(※、定点観測+推定)とは全く違うため、比較可能な同一数値ではないこと
国立感染症研究所感染症情報センター「・警報・注意報発生システムとは」:

感染症情報センター<パンデミック(H1N1)2009>

  
つまり、一言で言えば“apple to apple”ではない、ということです。
  
 
◆ “断定”論考は慎重に読む必要がある
 
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)と従来のインフルエンザとを、足元の陽性者数や死亡者数で単純に比較し、「新型コロナを恐れすぎ」「メディアは騒ぎすぎ」「過剰対応で経済を圧迫する」という結論に導く論考や主張は大変多いです。
しかし、誠実に科学的思考を維持するならば、現段階で将来予測を断定的に論ずる主張とは、距離を置くことが重要です。なぜならば、今この瞬間の状況で2週間後の「真の感染者」の数を変えることができますので、わずか1か月後の動向さえ予測不可能な多数の要因があります。施策を打てる能力を持つ政府自身でさえ将来の動きは「神のみぞ知る」と告白している状況で、個人がそれを予測できる可能性は極めて小さいからです。
特に数値の解析などを根拠にして、形式的には論理的に見える主張の多くは誤謬の可能性が高いです。(例えば、個人的な感想に過ぎませんが、“K値”なるコンセプトは「後付けフィッティング」を繰り返しているように見えます。)
したがって、言説に妥当性を担保したい場合には、最大限許されるのは可能性の示唆までと考えます。
現在の流行“第3波”がどうなるのか、つまりピークアウト後に、「これまで同様収束するのか」、「ドイツやスウェーデンのように横這いに移行するのか」、「アメリカのように急拡大して行くのか」は現段階ではAIにも断定できません。
  
 
◆ 「ロジック」は、人を動かす一要素に過ぎない
  
例えば「エビデンスもないのにGo Toキャンペーンを見直すのは科学的合理性に欠ける」という主張はその通りでしょう。しかしそれを根拠に「だから愚策である」とまで論ずることには慎重でありたいと考えます。なぜなら、感染症は“100%自然科学現象”ではなく、“人の気持ちを反映する要素も持ち合わせた社会現象”の側面もあるからです。具体的には、自由落下など「重力」由来の現象には人の気持ちが影響することはありませんが、この感染症では「気持ち」に基づく集団心理次第で人々の行動が変わり、2週間後以降の感染状況に強い影響を与えることができます。
社会は「論理で動く人もおり、感情で動く人もいる」という集団なので、人を動かす有力な手段として「Go Toキャンペーンを犠牲にする」という政策判断にも心理的効果まで考慮すれば、確かに一理あります。ただし後日必ず効果検証をする必要はあるでしょう。
これは日本国民の社会的特性を活用した手法です。「戦略合理性に反する」として沖縄への(戦艦大和他の)”艦隊特攻”に反対していた艦隊司令部が「一億特攻の魁となってくれ」と言われ即納得した事例に通底しております。
これらは戦理ではなく情理に基づく意思決定と国民指導です。
  
新型コロナウイルス感染症と戦時の事例を比較することも”apple to apple”と言えるかどうか大変悩ましいのですが、「打てる手が限られている」点など共通する条件もあり、比較(類比)する価値はあると考えました。)
  
 
◆ 常に事実に近づく努力
 
これは自戒の言葉ですが、少しでも妥当な判断をするためには、より事実に近い現状認識が前提となります。そのためには現時点で入手可能な情報を、なるべく願望や感情を排除し正面から受け止めて、妥当な世界観を自分の中に構成して行くしかありません。
そして、自分の感情や立場に沿う情報のみを収集することに注意し、常に情報を更新し、少しでも事実に近づく努力を継続することが大切でしょう。
特に、何かを比較することは有力な検証作業ですが、
 “それはapple to apple” を常に確認しながら検証したいと考えます。
 
(おわり)
 
 

【文責:田村和広】

 


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