情報検証研究所のブログ

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【検証:女性の自殺急増はコロナの影響か】 ~クリティカルシンキングのケーススタディとして~

 

9月20日産経新聞が「8月は自殺が増え、特に女性の増加が著しかった」ことを報じました。この報道に対しSNS上では様々な反応があり「女性の自殺増加」が話題になりました。これは本当でしょうか?
今回は、この報道を題材として、クリティカルシンキングを基礎として読解して行きます。(あくまでも、個人的な読み方の一つに過ぎません。)

 

◆ 報道概要

 

産経新聞の報道を一部引用すると次の通りです。
“日本国内では、1~6月の全体の自殺者は前年同月よりも少なかったが7、8月になり増加。8月の自殺者数(速報値)は全国で前年同月比15・3%増の1849人に上り、大幅に増加。とくに女性の増加が顕著で、6月は前年同月比1・2%増の501人、7月は同14・6%増の645人、8月は同40・1%増の650人だった。(略)

日本国内では新型コロナの感染が7月から再び増加傾向になり、8月7日に全国の感染者が1595人でピークとなった。韓国のピークは2月29日の909人だった。両国の自殺者の増加は新型コロナの感染が増加した時期と重なるため、新型コロナの影響による可能性も考えられる。(産経新聞THE SANKEI NEWS 9/20「〈独自〉女性の自殺急増 コロナ影響か 同様の韓国に異例の連絡」より引用、太字は筆者 ※1)”
https://www.sankei.com/life/news/200920/lif2009200043-n1.html

報道のうち、上記のように引用した部分に限定すれば、伝えている主な内容は要するに次の5点です。①から④までの4つは事実の伝達、⑤は因果関係の考察と示唆となります。
(なお、引用・要約の時点で既に、私の選択バイアスや文脈の切断が起こっているため、記事と正確な同値を保っていないことにご注意ください。)

① 1~6月の全体の自殺者は前年同月よりも少なかった(事実の記述)
② 7、8月の全体の自殺者は前年同月よりも増加した(事実の記述)
③ 8月の自殺者数(速報値)は全国で前年同月比15・3%増の1849人に上り、大幅に増加(事実の記述)
④ 女性の増加が顕著で8月は前年同月比40・1%増の650人(事実の記述)
⑤ 両国(日本と韓国)の自殺者の増加は新型コロナの感染が増加した時期と重なるため、新型コロナの影響による可能性も考えられる(因果関係の考察・示唆)

SNS上での反応


この記事を引用して、人気の著名人・論客(ブロガー)はツイッター上で次のような見解を表明しています(ツイッターより引用、太字は筆者)。ただし、あくまでも例示に過ぎず、これらをもって「SNSを代表する見解」「SNSにおける典型的な見解」と断定する訳ではありません。また、引用させて頂いたツイートに対して、その趣旨を肯定または否定したり、その論者を称賛または非難(揶揄)したりするような意図は、100%ありません。引用元を明示することは本来必須ですが、個人非難(揶揄)と受け止められることも避け得ないため明記しません。(藁人形化はしていません。)

新型コロナウイルス対策に際しては「経済」対「命」ではなく「命」対「命」で考えるべきだ。”
“「命か金か」という誤った命題でゼロリスク追求のコロナ脳が理不尽な自粛を強制したことで、制御不能に追い込まれた最も弱い人達の自殺が増えることは最初から自明。”

 

◆ 記事分析

この産経新聞の報道は、
事実認識が短絡的である
② 因果関係の示唆には論理の飛躍がある
と私は考えます。それはなぜか。

 

◆ ①なぜ事実認識が短絡的と言えるのか

前年同月比だけでは、時系列の検証は不十分です。
まず、記事中の「1~6月の全体の自殺者は前年同月よりも少なかった」と「7、8月の全体の自殺者は前年同月よりも増加した」という部分は事実です。

これは下記の警察庁の発表で確認できます。(但し7月の前年同月比増加は僅差(+2名)でした。)
「令和2年の月別自殺者数について(8月末の速報値)」(※2)https://www.npa.go.jp/publications/statistics/safetylife/jisatsu.html
「令和元年中における自殺の状況」(※3)
https://www.npa.go.jp/safetylife/seianki/jisatsu/R02/R01_jisatuno_joukyou.pdf

また記事では、「8月の自殺者数(速報値)は全国で前年同月比15.3%増の1849人に上り、大幅に増加」と記述します。前掲警察庁資料によれば昨年8月の人数は1,603人なので、百分率の小数処理まで含めて事実です。では何が問題なのでしょうか。

実は、8月の自殺者数は、令和元年が過去5年では最も少なかったのです。複数年で慎重に検証すれば平均よりやや増えた(5.5%)程度だからです。事実を少し遡ります。
8月の自殺者数推移
令和 2年:1,849人(速報値)
令和 元年:1,603人
平成30年:1,708人
平成29年:1,852人
平成28年:1,701人
平成27年:1901人
(五年平均:1,753人)
(前掲 警察庁資料「令和元年中における自殺の状況」より ※3)
https://www.npa.go.jp/safetylife/seianki/jisatsu/R02/R01_jisatuno_joukyou.pdf

過去五年で最多となる平成27年8月の1,901人と比べると今年は52人(2.7%)減となり寧ろ減少しております。また、8月の自殺者数の過去五年平均は1,753人であり、令和2年(今年)の1,849人は過去五年平均に比べ96人(5.5%)増加となります。

むしろ、昨年の1,603人が例年に比べて際立って少なく、これを基に今年を計算すればそれは高くなるのも自然です。8月は、過去平均より昨年が特に少なかったので、今年は平年並みに戻ってきただけの可能性も十分あります。しかしこれではニュースとしてのインパクトは減少します。

「女性の増加が顕著で8月は前年同月比40.1%増の650人」

この記述も事実です。前掲警察庁資料にあたれば、昨年8月の自殺者1,603人の男女内訳は男1139人、女464人であり、計算も正確です。従って変化した部分について焦点を当てているこの記述自体は問題がありません。

問題を感じるのは、スポットライトから外れた全体の男女比の部分です。従来から今年まで続く傾向として、男女比では依然として男性の方が多く、差が縮まった今年の8月でも男:女≒2:1です。つまり、経済状況に相関するとされる自死については、女性よりも男性の方が2倍以上亡くなっているのが事実です。この点に言及せずに女性の増加だけを殊更に強調して「女性という弱者にしわ寄せ」という論を展開することは理性的と言えるでしょうか(:反語的疑問文)。ただし女性が増加したことを全く否定しません。そこに問題があることも否定しません。(短期間の増減で長期のトレンドを推定したり将来予測の根拠としたりすることには疑問を感じます。)

 

◆ ②なぜ因果関係の示唆には論理の飛躍がある、と言えるのか

その理由は、この記事には「コロナ以外の要因」を排除する根拠が添えられていないからです。そもそも、その分析材料は現在のところ警察庁発表資料には存在しません。警察庁厚生労働省も「分析はこれから」と慎重に見解を表明しております。
唯一、「同様の傾向が見られる韓国に意見を求めるのは異例だ」という事実のみをもって、“新型コロナウイルスによる事業者への営業自粛要請や失業など経済活動への影響が表面化した可能性も考えられ(当該記事より引用)”
と原因の候補を推測しております。

この推測並びに可能性の表明には、大きな飛躍があり論理的ではありません。「自粛要請や失業がどうして女性側に重点的に影響するのか」、「減少傾向で進捗した上半期の反動ではないのか」、「他の理由は排除できるのか」などの点に何も答えておりません。結局これは、

① 読者は「やはりコロナのせいか?」「やはり女性は経済弱者では?」という予測をしている
② 「女性の自殺急増」=「コロナの影響」という論理の飛躍を、読者は自動的に自分たちの予測(予感)で埋める
という2点を、記述側も先読みしている書き方だろうと分析します。

(もちろん、根拠を添付していないから飛躍していて納得しにくい、といっているだけで、その主張内容の真偽を判定しているわけではありません。)

 

◆ 例示(SNS)反応分析

クリティカルシンキングの観点から考えると、次の点で考察が浅い可能性を感じます。(ただし、逆に私の方こそ読解力不足でツイートの趣旨を誤読している可能性もあります。)
① 因果関係特定の慎重さ(本当にコロナの影響か)
② 相関関係と因果関係の分別(疑似相関の可能性は排除できるのか)
③ 前後論法を鵜呑み(比較検証期間が短すぎないか)
④ それは十分条件か必要条件かの認識
⑤ 有り得る他の要因の影響は排除できているのか(コロナ⇒自殺増? コロナ⇒自粛⇒自殺増? 経済苦⇒自殺増? 病苦⇒自殺増?)

 

SNS上で散見された反応の中には、「因果関係の特定」の観点で、事実関係の短絡的な認識や論理の飛躍などがありました。その背景にはやはり認知バイアス(確証バイアス)の存在を感じます。つまり今回のニュースは、「コロナは騒ぎすぎ。自粛はやり過ぎ。これではコロナ関連死よりも経済由来自殺の方が深刻になるはずだ」という自説を裏付けるニュースに即応してしまったように見えます。

本来、①から⑤までの判断根拠を示すこともまた必須ですが、稿が長くなるので別の機会に詳述したいと思います。ちなみに経済と自殺数に相関関係はありますが、あくまでも相関関係が見られるということであり、因果関係がある、とまで言い切るには更に根拠が欲しいと考えております。

警察庁の資料にも、次の記述がみられます。
“原因・動機が明らかなもののうち、個々の要因別にみると、その原因・動機が「健康問題」にあるものが9,861人で最も多く、次いで「経済・生活問題」(3,395人)、「家庭問題」(3,039人)、「勤務問題」(1,949人)の順となっており、この順位は前年と同じである。注)自殺の多くは多様かつ複合的な原因及び背景を有しており、様々な要因が連鎖する中で起きている (前掲 警察庁資料「令和元年中における自殺の状況」より引用、太字は筆者 ※3)”
https://www.npa.go.jp/safetylife/seianki/jisatsu/R02/R01_jisatuno_joukyou.pdf

 

複数回答なので明確な断定は控えますが、要因分析は大変難しいテーマなのです。
なお、10日ほど遡る9月10日、NHKも「8月の自殺者 大幅増加で1800人超 コロナ影響か分析へ」というニュースを配信しておりました。その中で、

厚生労働省は、「自殺者の数が増加傾向に転じたかどうかは現時点で断定できないものの重く受け止めている」として、新型コロナウイルスの感染拡大が自殺者の増加に影響していないか詳しく分析を進める方針です。(NHK NEWS WEB 9/10記事より引用、太字は筆者 ※4)”

とも報じております。

 

◆ まとめ

「女性の自殺急増はコロナの影響か」という視点で報道と反応を分析しましたが、結論としては、「女性の自殺が急増している。それはコロナの影響である。」と断定するのは現段階では時期尚早です。ただし、その可能性も十分あり、けっして否定するものではありません。様々な情報が次々に登場し、百家争鳴状態で色々な言説が流れますが、クリティカルシンキングの懐疑的で慎重な姿勢を堅持する方が増えることを祈ります。

 

蛇足:
辞書を引くと“critical”(クリティカル)には「批判的な」という和訳があてられております。この「批判」という言葉は「非難」の意味合いで使われることも多いです。そのため「クリティカルシンキング」を「難癖をつけ、あげ足取りをする」または「欠陥を暴き論破する」ことと間違える方がいます。(私自身は“クリティカルシンキング”とは「論理的に、鵜呑みにしないで、理性的に、丁寧に、考えること」だと認識しております。)
話し合いをしても感情的なしこりばかり製造して建設的な議論ができないことが多いのは、この誤訳による認識相違も一因だと考えております。適切な翻訳を国語の授業やNHKあたりで広めて頂きたいものだと、個人的には思います。

(おわり)

 

(引用サイト一覧)
=========
※1 産経新聞「〈独自〉女性の自殺急増 コロナ影響か 同様の韓国に異例の連絡」:
https://www.sankei.com/life/news/200920/lif2009200043-n1.html
※2 「令和2年の月別自殺者数について(8月末の速報値)」(※2)https://www.npa.go.jp/publications/statistics/safetylife/jisatsu.html
https://www.npa.go.jp/safetylife/seianki/jisatsu/R02/R01_jisatuno_joukyou.pdf
※3 「令和元年中における自殺の状況(令和2年3月17日)
厚生労働省自殺対策推進室
警察庁生活安全局生活安全企画課
https://www.npa.go.jp/safetylife/seianki/jisatsu/R02/R01_jisatuno_joukyou.pdf
※4 NHK NEWS WEB「8月の自殺者 大幅増加で1800人超 コロナ影響か分析へ
2020年9月10日」:
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200910/k10012611691000.html

 

【文責:田村和広】

 


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