情報検証研究所のブログ

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【検証:感染は拡大しているのか】   ~断定はできないが、実態は「漸増」傾向か~  

 現在、大まかに分類すると「感染が広がっている」という主張と「現状は第二波ではない」という主張の双方があります。一体どちらが本当なのでしょうか。現実は、そのような「歯切れのよい断定はできない」というのが実態ではないでしょうか。
「結局何が言いたいのかわからない」というお叱りも予想されますが、本稿では虚心坦懐に現実を再確認して行きたいと思います。

 
◆ 尾身茂会長が政府への提言を公開

8月5日の報道によれば、

“政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長は5日夕方、臨時の記者会見を開き、「お盆休みが近づく中、次回の分科会の開催を待たず、政府に対して帰省に関する提言をすることが責任、役割だと思った」とし、政府への提言内容を公表した。(ANNニュースより。提言全文は末尾に掲載)”

ということです。

要するに、尾身会長は「リスク回避が難しい場合は、お盆休みに帰省して高齢者と接触するのは控えよう」と国民に直接注意喚起したということでしょう。「政府へ提言した。その提言内容を公表する」というのは、政府への助言という第一義の役割を果たしつつ、実質的には国民に対して対策を呼び掛けるという、老練な立ち回りでした。

 
◆ 尾身会長提言が持つ2つのメッセージ

この提言からは2つのメッセージを感じます。
 
メッセージ1:高齢者への感染を抑えるための警句
COVID-19パンデミックの現状認識は「百家争鳴」状態です。
しかし分科会の分析としては「漸増」と認識しており、具体的には7月31日の「暫定合意」として公開した資料(※)の中で次の通り表明しております。

“ 医療提供体制のひっ迫具合
⇒ 直近の感染増加スピードや病床稼働率を踏まえると、感染が拡大していくと確保できている病床や人員体制への負荷がかなり高くなる状況(重症者病床、60歳以上新規報告数などを踏まえ判断)
(※「今後想定される感染状況の考え方(暫定合意)令和2年7月31日(金)新型コロナウイルス感染症対策分科会」資料(URLは末尾)より抜粋) ”

分科会としては、これまで専門家として日本の感染状況を「漸増」と判定し、政府に対策を求めたものの、特に実効性の高そうな追加対応もなされず、メディアの刺激的なだけの報道では実情が国民に正確に伝わりませんでした。そこで政府を通じた間接的な告知に頼らず直接国民に、「感染拡大の防止」、特に「ハイリスク高齢者層への感染拡大防止」を強く呼びかけたものでしょう。
 
メッセージ2:政府への牽制
分科会から政府への連絡・報告では、感染拡大防止への提言は黙殺され、専門家側は見合わせることを進言した“Go To政策”も政府は実行しました。そればかりか、その政策へのお墨付きを与えたかのような印象操作を政府(西村大臣)側から受けました。そのため補足説明で専門家側のスタンスを表明せざるを得なくなるなど、対応が後手に回り余計な手間がかかりました。その教訓から、今後予想される政府の無策と失策の責任転嫁に対して、“先手”を打っておいたということではないでしょうか。
(いわば“政府の裏切り防止策”という印象がありますがこれは筆者の想像にすぎません。)

 
◆ 重症者は増加傾向
 
ここ最近、情報検証研究所の事務局の方が、各地の「新規感染者数(60歳代以上)と重症者の推移」を公表しています。これは本当に地道で大変な作業です。このような「事実に根差した情報の収集・整理」は、起きている現実の事象を深く正しく掌握するための第一歩であり本当に有難いです。心より感謝申し上げます。


これら推移グラフと表からは、日本各地ではやや斑模様ながらもハイリスクグループの高齢層においても「漸増」の兆候が出ていることが見受けられます。
そのため、例えば東京都の重症者数が横ばいである事実を根拠に「増えていない」と主張したり、足元の絶対数が少ないことから「騒ぐのは『コロナ脳』だ」と嘲笑する方もいますが、現段階で示される事実(後述)からは、そのような断定はちょっと早い気がします。

もちろん「歴史に諸説がある」ことと同様に、現状に対して様々な見立てがあるのは理解できます。また後日振り返って確かにそうなる可能性も十分ありますが、全国で増加しているのに、人口比率が高いとはいえ一部分である東京都だけを見つめる行為には確証バイアスの可能性があります。また何人かの方はこれまでの主張との一貫性に囚われているように感じます。

(このようなことを指摘する私自身もよく間違えますので、ある観点(※)からいつも自分を疑っております。なるべく「自分がバイアスに囚われている」という前提からスタートするようにして、事実が進行したり、自分の認識が間違っている場合は考えを更新したり修正したりすることにしております。)

現段階で示される事実としては、日本において、規模は小さいながらも重症者は増加しております。8月5日現在、重症者は104名まで増加しており、この水準は前回の緊急事態宣言が発出された4月7日(:80名)を上回ります。この事実は日本国内で感染が再び広がっている可能性を示唆しております(グラフ8/5ご参照)。

また、前回はこの水準からはその後約3週間で4倍の328人まで増えたことから、足元の数値が小さくても、重症者が短期間で数倍になる可能性を持つ感染症なので、現段階の数値が小さくても全く油断すべきではないことを示しております。

 

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※ 「ある観点」・・・「ダニングクルーガー効果」。能力が低い人ほど自分を過大評価し自信にあふれるという認知の歪みがあるらしいです。古くはソクラテス無知の知)や孔子(知之爲知之。不知爲不知。是知也)、最近ではラッセル(愚者は自信に満ち、賢者は疑う)が言及した自己認識についての一般論もその類型でしょう。なお、『コロナ脳』というような表現は『ネトウヨ』『パヨク』などと同様に、「自分が優越している、または自分が正しいということを暗黙の前提として、他者にレッテルを貼り蔑む(嘲笑する)」行為なので個人的には忌避しております。もちろん使うのは言論の自由ですが少なくとも、良識のある方は使わない言葉だと思います。結局、そのような言葉を使う本人が一番無残な状態を晒していることを自覚するのは難しいということでしょう。(例外は、例えば石平氏の「私はネトウヨ」。これは上手い使い方)
 

◆ 「感染(急)拡大中」とも「終息」とも断定できない


ただし3月から5月にかけての第一波では、4月7日の時点では既に感染第一波は終息ステージに移行していながらも重症者の増加は止まらず、感染終息開始から重症者終息開始までは約1か月のタイムラグがあったことにも注意が必要です(重症者数がピークを打ったのは5月1日)。このことから逆に、現段階、重症者数の増加が観測されても、実際の感染状況は終息に向かっている可能性もある、ということも言えます。

また、確かに感染者数について3・4月と7・8月を単純比較することには殆ど意味がありませんが、だからといって感染者数の7・8月だけの推移を観察することまで無価値になったわけではありません。その観点から直近のPCR検査陽性者数の推移を見ると、7/1は138名、7/15は332名、7/31は1,305名、8/5は1,240名となっており、「陽性者数は増加傾向にあった。増加傾向が終わったかどうかはまだわからない」と考えるのが妥当です。(陽性者数の数値は厚生労働省発表より)

一方、病床数の増加など、病院側の体制も強化されていると思われますので、重症者数の絶対値(104人、8月5日)で4月7日(80人)を超えたからと言って、前回同様の一律の緊急事態宣言を発出すべきと即断すべきかどうかは見解が分かれると思います。
しかし少なくとも、医療施設と高齢者施設でのクラスターが徐々に発生し始めている現状ではエリアや業種を局限した形での“緊急事態”認定と対応が必要なレベルに感じます(個人的感想)。

結局、今現在が急速な拡大途中なのか、または終息に向かって減少傾向に入っているのかについて確定的には、1~2週間後でないと判定できません。感染者数の数的な推移、感染場所の伝播拡散状況を考慮すれば、感染が広がるのか、または終息するのか、予断を許さぬ状況と言えるでしょう。

 
◆ 分科会が戦っている相手
 
現在、新型コロナウイルス感染症対策分科会が戦っている相手は次の3者かもしれません。

1. COVID-19パンデミック
2. インフォデミック
3. 日本政府(?)

「日本政府」というのは筆者の偏見ですが、実態としての感染の流行と二次被害としてのインフォデミックに対処するために、西村大臣は分科会との役割分担と関係を適正に整える必要はあるでしょう。
対米戦争で大西瀧治郎中将(海軍)は「海軍は全力をあげて陸軍と戦い、余力でもって米軍と戦っている」と嘆いたとも言われます(米軍も似たようなものでした)。これが日本の文化なのか、人類共通の性質なのかはわかりませんが、尾身茂会長たちの大変な戦いはこれからも続きそうです。

私達は、三密の回避と手洗いマスク等感染拡大防止に努めつつもウイルスキャリアとなることを想定して、とりわけ高齢者と基礎疾患のある方への感染防止に努めるほかはありません。
 
(おわり)

 

(参考)
尾身会長が公表した提言:
“提言全文
もうすぐお盆休みです。多くの人が帰省をお考えになっているかと思います。お盆休みに帰省した場合、高齢者と接する機会や飲酒・飲食の機会も多くなることが考えられます。したがって、新型コロナウイルス感染が広がっている現状では、帰省する場合には、「基本的感染防止策(手指消毒やマスク着用、大声を避ける、十分な換気など」の徹底や三密を極力避けるとともに、特に大人数の会食など感染のリスクが高い状況を控えるなど、高齢者等への感染につながらないよう注意をお願いします。
そうした対応が難しいと判断される場合には、感染が収まるまで当分の間、オンライン帰省を含め慎重に考慮していただきたいと思います。また、そもそも、発熱等の症状がある方は、帰省は控えて下さい。感染リスクが高い場所に最近行った方は、慎重に判断して下さい。
以上のメッセージを政府として国民に是非発信していただく必要があると考えています。”
(以上ANNニュース、ABEMA TIMESより引用)
(以下は参照したサイト)


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今後想定される感染状況の考え方(暫定合意)
令和2年7月31日(金)
新型コロナウイルス感染症対策分科会

https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/ful/kongo_kangaekata.pdf


ANNニュース、ABEMA TIMES:

https://news.yahoo.co.jp/articles/86c4660116c1642bbab96e358bfc244526bdcd0e

 

【文責:田村和広】

 

 


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