情報検証研究所のブログ

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【検証:高齢者施設クラスター】   ~論点と教訓が豊富な茨戸アカシアハイツ~

日本では未だ、感染収束も拡大もどちらも想定すべき状態です。仮に拡大する場合、病院や高齢者施設でのクラスター発生件数を減らし、発生してしまっても被害を最小限に抑えるためには何に気を付けるべきなのか、改めて課題を整理しておきたいと考えます。
なお、今回参考にする高齢者施設を非難する意図は全くありません。特徴的な感染の性質を持つCOVID-19の蔓延は、近年の日本では前例がなく想定不可能であった事態です。手探りで対応にあたった施設と札幌市保健所の皆様の苦労には、感謝以外の言葉がありません。あくまでも貴重な事例として教訓を抽出し今後に生かすために、振り返りたいと考えます。
 
◆ 茨戸アカシアハイツの振り返り

札幌の高齢者施設茨戸アカシアハイツでは、4月15日頃からCOVID-19のクラスターが発生し、2か月半後の7月3日終息宣言がなされました。同施設運営会社の発表(※1)によれば累計感染者数は最終的には合計92名となりました。内訳は入所者71名、職員21名です。入所者定員は100名(入所者95名という情報も。報道や発表で揺れがあります。)なので入所者の感染率は約71%となりこれはほぼ4人中3人が感染したという比率です。入所者で亡くなった方は17名なので、施設入所者に限定した致死率は約24%(17÷71≒23.9%)となります。これは、感染者4人中1人という高い比率でした。
 

北海道新聞のまとめから要点抽出
 
北海道新聞が7月7日から10日にかけて4日連続で検証記事を連載しており、地域に根差した地方紙ならではの丁寧な取材を感じる良記事(※2)でした。この検証シリーズ記事は、豊富な論点が提示され、バランスのとれた総括でした。そこでこれらの記事を素材として、以下の通り要点を抽出させて頂きました。全文は末尾の参考サイト一覧にURLを掲載しましたので、詳細はこちらで御覧ください。(無料会員登録すれば全文が読めます。)
 


◆ 発生から終息宣言までの推移(時系列)
 
まずは、事態の推移を時系列で復習します。(全て2020年)
4月15日、アカシアハイツ併設デイケア施設で利用者1名の感染確認
4月24日、アカシアハイツ入所者1名発熱入院
4月26日、入院した入所者1名の感染確認、札幌市保健所に通報
4月28日、札幌市がアカシアハイツをクラスター認定
4月29日、入所者19人、職員5人の感染確認。施設機能不全に
4月30日、入所者2名が死亡
5月 3日、アカシアハイツの看護師が不在に
5月12日、アカシアハイツの感染者が入院
5月15日、この日までに感染者累計入所者66人、職員21人、うち12が死亡
5月16日、札幌市が現地対策本部を設置
5月24日、クラスター最後の感染確認者。(感染者合計71人。6月18日現在時点)
6月 4日、クラスター最後の死者。(死者合計17名)
6月17日、施設に残る入所者全員の陰性確認
6月22日、市が現地対策本部を解散
7月 3日、市がクラスター終息を宣言
 
[ 事実 ]
1. クラスター認定から最後の感染確認まで約4週間。
2. クラスター発生(実質)から終息宣言まで約12週間。
 


◆ 論点1:施設と保健所と市の認識タイムラグ
 
以下、北海道新聞の記事から要点を引用、列挙します。これ以後論点の冒頭部分には、同様に引用、列挙します。
l 「連絡が遅かった。法人の初動ミスだ」と市幹部は言う。
l 運営する社会福祉法人「札幌恵友会」はすぐデイケアを閉鎖し、職員を自宅待機させた。
l その後、利用者と職員計3人の感染が確認されたが、市職員が訪れ調査や指導をすることはなく、「感染は収束したと思っていた」
 
施設としての発熱確認は4月10日。高齢者の熱発は日常的なのでこれでCOVID-19と認識するのは難しかったと思われます。
施設が認識したのは感染確認がなされた4月15日ですが、これは他事例と比べても特段遅くはなかったと言えます。
一方施設側が保健所に連絡したのが26日ということですが、最初の感染確認から11日間ありながら、記事からは、診保健所内の対応が26日になって俄かに慌ただしくなったかのような印象を受けますが本当でしょうか?仮にそうであれば他の案件も多発している時期なので、保健所内で対応職員が不足していた様子が想像できます。
更に、札幌市が対策本部を設置したのが5月16日であり、感染確認から1か月後でした。この時点で施設では既に66人の感染者が確認されており、入所者の3分の2(66%)が既に感染しており、厳しい見方ですが被害の防止には既に「手遅れ」でした。しかしその後、対応を変更したことは、アカシアでの出遅れを教訓として早速生かした、ということだと推測します。
 
抽出課題1:感染抑制には素早い初動が重要
 


◆ 論点2:施設従業者に過酷な環境
 
l 入所者には寝たきりの人も、認知症で徘徊する人もいた。
l 容体が急変し喀血(かっけつ)する人もいた。
l 「出勤すると夫が出勤停止になる」「子どもが保育園に来ないでほしいと言われた」など、家族の反対などで欠勤する職員が相次いだ。
l 防護服を着ると、8時間以上飲まず食わずで、トイレも行けない。
l 重い酸素ボンベを自分で運んで感染した入所者に酸素吸入し、動きづらい防護服で通常の数倍の時間をかけて点滴した。
l 医療機関でないアカシアでは、それ(酸素吸入と点滴)以上やれることはない。「もう看護師を続けられないかも」と無力感に襲われた。
本当に職員やそのご家族の苦労や心配が伺われる勤務状況でした。入所高齢者にとってもリスクの高い病ですが、同時に施設職員の方々にとっても「地獄の苦しみ」だったのではないでしょうか。施設運営者への直接的な支援に加え、今後経営難などから賃金減額などの不利益がないよう、施設への経営支援も国民の理解が必要な課題でしょう。
 
抽出課題2:施設および従業者への支援拡充
 


◆ 論点3:従業者のメンタル
 
l 男性職員は、感染防止用袋に入れた遺体をひつぎに納めた。(略)この男性職員は、施設内で死亡した12人の遺体すべてをひつぎに納めた。何も考えないように、感情を殺しながら。「でないと、とてもできなかった」。(略)「今はまだ気を張っているけれど、医師からは、少し落ち着いた時に精神的不調に陥りやすいと言われた」と明かす。
l 過酷な現場を支えた職員の心には深い傷が残る。市保健所が職員約30人に行った心的ストレスを調べるアンケートで、数人に抑うつ状態や不安障害に当たる症状がみられた。
l 1日から応援に入った同法人の別施設の介護士、鈴木幸恵さん(53)は10人近くをみとった。「申し訳ない」と思い続けていた。できる限りのことはやった。でも「もっと何かできたんじゃないか」とやるせなさが募る。
l 「今はまだ、記憶にふたをしておきたい。他の職員もみんな同じ気持ち」と漏らす。
l 当時のことや亡くなった入所者を思い出すたび、涙が出てしまう。
l 偏見は今も職員を苦しめる。入所者がけがをして病院で診てもらおうとした時、アカシアの名前を出すと「勘弁してくれ」と断られた。
 
抽出課題3:施設従業者へのメンタルケア
 
◆ 論点4:“施設崩壊”か“医療崩壊”か。施設療養と入院
 
l 保健所の医師は(略)「施設で見てください。病床がいっぱいで病院に介護する体制も整ってない」。当時、札幌市内の医療機関の専用病床は約270床。感染者急増で逼迫していた。
l 「要介護者を受け入れる病院は限られている。入院は難しい」。アカシアには認知症患者も多く、市は、受け入れを打診した病院から「感染者が院内を動き回ったら大変だ。ベッドに縛り付けるわけにもいかない」と難色を示されていた。
l 施設内での感染も連日続き、5月3日には出勤できる職員が11人にまで減った。
l 最後の1人となった看護師から「今日で辞めます」と伝えられた。「明日のナースがいない」。
日本では、辛うじて“医療崩壊”を回避できたと認識されております。しかし現実には、要介護者などの入院が抑制されていたようです。結果として医療崩壊の代わりに“施設崩壊”が起きていたようです。この事実を深堀すれば、今後感染の再拡大が起きた場合でも被害拡大を抑止するための教訓が得られる可能性が高いと考えます。
 
抽出課題4:盲点だが“施設崩壊”防止も重要課題
 


◆ 論点5:重症者、無症状者、陰性者の隔離
 
l 施設1階の大部屋を「発熱部屋」として熱がある入所者を集めた。だが、アカシア内にはまだ、PCR検査で陽性と判明したが重症でない入所者と、陰性だった入所者が同居する状態が続いていた。
l 「アカシアの陰性入所者を、こちらに移す計画がある」。17日夜、アカシアを運営する社会福祉法人「札幌恵友会」が運営する別の介護施設
l 1度陽性となり、その後2回陰性が確認されたアカシア入所者について、市は「再感染の可能性が低い」として法人の別施設に移すよう提案。
l 「陰性だからって受け入れれば入所者や家族に不安が広がる」。女性介護士は思わず訴えた。「生活空間を完全に区切ることはできない」「重症化リスクの高い入所者がいるのに」…。ほかの職員からも次々と反対の声が漏れた。
l この女性介護士は「アカシアの入所者と職員を助けたい」と思った。だが、自分たちの入所者も守らなければならない。「アカシア職員も私たちも、必死に入所者のことを考えているだけなのに」。いたたまれなかった。最後は「受け入れるしかない」と覚悟した。
l 選択肢は三つあった。《1》病状が重い感染者を全員入院させる《2》市内の療養病院をコロナ患者専用病院に転換させ、入院させる《3》誰も入院させず、アカシアに病院機能を持たせる―。施設の病院転換には時間とコストが必要で、市内医療機関の病床に余裕が出始めたこともあり、《1》に決まった。
 
高齢者施設は医療機関ではない上に、経済的な制約からどうしても「集団生活」の要素が入り、構造的に濃厚接触者を数多く生み出すことが予想されます。その環境において陽性者と陰性者の物理的な隔離は、かなり難しいのではないでしょうか。ここには民間施設運営者の自助努力にも限界はあると考えるべきで、行政の指導や援助の拡充は今後の大切な論点だと考えます。
 
抽出課題5:効果的な隔離は、事前に指導と想定訓練が必要
 


◆ 論点6:基準や症状などの事前情報共有と予行演習
 
l 施設職員は「防護服の着方もよく分からない」まま看病
l 「何もかも分からない」。応援に入った看護師の佐藤千春さん(58)は困惑していた。入所者90人超の情報がない。どんな持病があるか、どれぐらいご飯を食べられるのか。引き継いでくれる看護師がいない。法人が運営する別の特別養護老人ホームの看護課長だが「経験では計れない場所に来てしまった」。
l 施設内の混乱を見ながら男性職員はぼうぜんとした。確かに26日以前から発熱者はいた。だが法人幹部は「もっと早く気付けたと言われれば、そうかもしれない。でもそれには検査してもらわないと」と漏らす。
l 当時の高齢者の検査基準は「37・5度以上の発熱が2日程度続く」こと。基礎疾患を持つ入所者が多く、頻繁に発熱した。熱は日ごとに大きく上下し、なかなか基準を満たさない。
l アカシアを運営する社会福祉法人「札幌恵友会」は今、アカシアを含む各施設で新型ウイルスなどの感染者が出た場合に備え、入所者の隔離方法や職員の動線などを定めたマニュアルづくりを進める。
l 職員や資材不足に苦しんだ記憶から、職員への意向調査で感染者が出た際に勤務できるかどうかを確認し、防護服などの備蓄も始めた。
l 鶴羽佳子理事は「災害と同様に事前準備が大事だと思い知らされた。きっとどこの高齢者施設も同じはず」と話す。
 
これらの描写にある通り、実際にクラスター発生に直面した時、現場は混乱することが予想されます。その際被害を極小化するためには速やかな対応が大切なので、クラスターが発生した場合の隔離計画策定、具体的な場所の想定、対応の予行演習などを行うことが大切だと思われます。
実際に直面した施設での生きた課題を集約し、他の未経験の施設に共有する動きを行政が支援することは大切だと考えます。しかし、様々な摩擦があってなかなか進まないのではないかとも予想します。
 
抽出課題6:得られた貴重な知見の共有と予行演習の促進
 


◆ 論点7:感染経路
 
l アカシア隣の軽費老人ホーム「茨戸ライラックハイツ」で15日、入所者1人の感染が判明。アカシアに併設する通所介護施設「茨戸デイケアセンター」を利用していた。「結局、アカシアに『飛び火』してしまった…」。
l 男性職員には「デイケアで感染が出た段階で、もっとできることがあったかもしれない」との思いが残る。
l アカシアとデイケアの利用者が使う機能訓練室。閉鎖前に、室内のモノを介し感染したかもしれない。
l 両施設職員の共用場所は他にもあり、ヒトを介した恐れもある。
高齢者施設では、経営上の工夫(要請)からデイケアセンターなどの併設も多いようです。その点で実は外に開かれた運営構造になっており、インフルエンザ等も含めた感染症対策は、今後継続的に改善を続けるべきテーマです。より根源的には「高齢者施設の在り方」などの問題に行き着くことになりますが、次の波への対応が喫緊の課題である今は、そのような論点拡散は行わず、「感染症対策」に絞って対応を考えるステージでしょう。ポイントは、感染の速やかな認識と経路遮断です。
 
抽出課題7:素早い感染経路の特定と遮断には未解決の問題がある
 


◆ まとめ
 
抽出した課題を一覧にします。
 
抽出課題1:感染抑制には素早い初動が重要
抽出課題2:施設および従業者への支援拡充
抽出課題3:施設従業者へのメンタルケア
抽出課題4:盲点だが“施設崩壊”防止も重要課題
抽出課題5:効果的な隔離は、事前に指導と想定訓練が必要
抽出課題6:得られた貴重な知見の共有と予行演習の促進
抽出課題7:素早い感染経路の特定と遮断には未解決の問題がある
 


◆ 最後にもう一つの論点
 
日本では、メディアの扇動のせいか従来からコスト削減圧力が強く、風に阿る政治家はメディアと結託して、根拠もなく公務員の人数は多いと印象付けられてきました(諸国と比較しても決して多くはないようです)。一部の官僚には問題があることも確かですが、大部分は真摯に国家運営に取り組んでいると思われます。私見ですが、「大蔵省」という名称が無くなったあたりから官僚叩きが過ぎたのではないかと感じます。
今回の感染症パンデミック対応では、組織面において緊急事態への備えが不十分であることが露呈しました。振り返れば感染症のみならず震災や豪雨災害などでもたびたび顕在化する問題ですが、時間が過ぎればすぐに忘れられてしまうことでもあります。
これを機に、保健所や医師・技師・看護師・介護士の適正人数からはじめ、自衛隊も含めた緊急事態に備えた組織の拡大(ポテンシャル)についても検討すべきではないでしょうか。現在は、何かと“戦いにくい姿”になっているのではないでしょうか。
 
言論誌「月刊正論8月号」でも“平時”の国家運営体制で、緊急事態を乗り切った政権の奮闘ぶりが描かれておりました。平時思考に縛られた組織の抵抗の強さなどが良く伝わる、実に論点豊富で読み応えがある特集でした。同誌の特集論考では、特に法律面にフォーカスした課題が示唆されておりました。尤もな指摘です。これも私見ですが、日本はそれに加えて「“緊急事態(≒戦時)”には大胆に組織拡大する」などの非常時対応の枠組みを整理した上で、“机上演習”をした方が良いと考えます。
かの戦争で米軍は、平時から切り替わった戦時体制下では人事も装備も組織も全て驚くべき対応ぶりで、硬直的な人事、装備、組織の日本軍を粉砕しました。その臨機応変の柔軟性は大いに学ぶべき点です。今日、感染症騒動で改めて浮き彫りになった日本の課題について、冷静で現実的な国民的議論が盛んになることを期待致します。
(おわり)
 
(参考サイト)
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※1 社会福祉法人札幌恵友会ウェブサイト http://www.keiyu-kai.org/news/
※2 北海道新聞連載記事1https://www.hokkaido-np.co.jp/article/437889
同新聞の連載記事2https://www.hokkaido-np.co.jp/article/438395
同新聞の連載記事3https://www.hokkaido-np.co.jp/article/438813
同新聞の連載記事4https://www.hokkaido-np.co.jp/article/439178
茨戸アカシアの発表:http://www.keiyu-kai.org/%e7%ac%ac%ef%bc%93%ef%bc%96%e5%a0%b1%e3%80%80%e6%96%b0%e5%9e%8b%e3%82%b3%e3%83%ad%e3%83%8a%e3%82%a6%e3%82%a4%e3%83%ab%e3%82%b9%e6%84%9f%e6%9f%93%e7%97%87%e7%99%ba%e7%94%9f%e3%81%ab%e4%bc%b4%e3%81%86/

 

【文責:田村和広】

 

 


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