情報検証研究所のブログ

オンラインサロン「ファクトチェック機関「情報検証研究所」」の活動や検証報告を公開します。

【データから読む、新型コロナ現象の実像】

(日々感染症に対処している医療従事者・医療スタッフの皆様には心より感謝申し上げます。また、現在苦しんでいる患者の皆様の快癒を心より祈っております。この事態の鎮静化にお役に立つことを目的としてこの論考を提出致します。)

 

◆はじめに

イタリアは3月8日にロックダウンを開始したにもかかわらず “医療崩壊”を起こした。4月18日現在の死亡者数は23,000人を超え、今なお一日当たり500人のペースで死亡者数が増加中である。そのため収束を目指してロックダウンの期間を延長するなど未だに制圧に苦戦している。(ただし感染者増加や死亡者増加の速度には減速の兆しも出ている。)

一方日本は、4月8日から非常事態宣言に基づく要請により、移動などの大規模な“自粛”を継続中である。その効果の有無や大きさは、今週以降(4/19~)の感染者数や5月初頭の死亡者数の“発生速度”で確認できるようになるだろう。

しかし、先が見通せない不安感が日本を覆い、国民のストレスも日々増大している。これは「足元のデータを適切に読解していない」ために“事実”が見えていないことも一因である。また、メディアの報道にも問題があるが、今はそれを非難している時ではない。

筆者にできることとして、国民が事実を正確に読み取るための読み取りやすい材料を提出したい。拙速な長文になってしまったが、この分析を知ることで、現在起きている事態の理解が深まることを願っている。そのことで、「過度の不安や楽観」を回避することに貢献したい。

 

◆本稿の構成

日本より一連の経過が先行しているイタリアの事実を整理したうえで、それを基礎として帰納的推論を行い、日本の近い将来を予測した。なお、推測による筆者の“真実”を押し付けることは極力避けたい。そのため「定量的な分析」を中心に据え、現段階では根拠の提示が困難な「定性的な分析」はなるべく排した。また、筆者は医療従事者でも研究者でもない。従って「医学的な原因や対策」については論ずる資格が無いので言及しない。

本稿では、

1:イタリアの事例を整理

2:イタリアの経過から類推した日本の将来予測

3:今後日本が取るべき行動

という順序で論考を進める。

 

◆事実と分析:イタリアの推移

まずは、イタリアの感染者数や死亡者数の推移を整理する。

(ここで扱うイタリアの基本データは、イタリア市民保護局HPのプレスリリースから取得し、前日比などは筆者が計算した。)

http://www.protezionecivile.gov.it/media-comunicazione/

 

4月18日現在

l 陽性感染者数107,771人(現在数)、先週平均で一日当たり1,072人増加

l 累計死亡者数 23,227人、先週平均で一日当たり537人増加

確かに、図1のグラフにある通り、3月8日のロックダウンから1か月以上経ったが依然として死者は急増している。これを見るとロックダウンの効果があるのかどうかちょっとわからない。

 

[図1:イタリア ロックダウン効果と死亡者累計の推移]

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この推移を見ると「ロックダウンは効果がないのか」と思うのも当然である。

しかし、その見立ては事実ではない。

次の図2をご覧頂きたい。日々の増加数に着目している。

 

[図2:イタリア ロックダウンの効果と感染者純増数推移]

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日々の増加数について見て行くと、実はロックダウン実施から一定の時間差(タイムラグ)をおいて劇的に状況が変化しているのがわかる。ロックダウンから14日間のタイムラグを経た後に、日々の増加ペースは劇的な減少傾向を示している。この推移ならば、感染者数の増加速度は相当遅くなるだろう。4/19の純増数はすでにロックダウン開始前(3/7)の水準よりも小さくなっている。

ただし、100%ロックダウンの効果と言い切ることは現時点では控えたい。自然な推移としての収束等、他の要因があるのかどうかは不明だからである。因果関係については今後の科学的な分析を待ちたい。

次は新規死亡者数に対するロックダウンとの相関性を図3から読み取りたい。

 

[図3:イタリア ロックダウン効果と新規死者数の推移]

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ロックダウンから約3週間(20日間)のタイムラグをおいて死亡者数も減少傾向に急転している。死亡者数は感染者数ほど劇的ではないがそれでもピークだった969人の半分の482人まで低下している。図2で見た通り母集団となる感染者数の増加が殆ど止まりかけているので一定の時間差をおいて死亡者数の増加も収まってくるだろう。

 

◆なぜ、イタリアは医療崩壊したのか

ところでイタリア同様に14万人(4/18現在)もの感染者数を出したドイツは、死亡者は4,300人台に留まり“医療崩壊”を起こしていない。ドイツは踏み留まっている一方、なぜイタリアが“医療崩壊”してしまったのかを調べ、日本の対策の参考としたい。

医療崩壊”が起きるかどうかの別れ目は、簡単に言うと次の通り。

(重症者数)≦(ICU受入れ可能数)⇒“医療崩壊”回避

これを守れば危険な状態の患者も適切な治療を受けることができ、致死率1~2%が維持できる。ドイツは、4月19日現在、ここに留まることができているので“医療崩壊”を起こしていない。

特に、

(重症者数)=(ICU受入れ可能数)⇒“医療崩壊”の分岐点

ここが臨界点である。“医療崩壊”が起きるギリギリのラインである。

そして、

(重症者数)>(ICU受入れ可能数)⇒“医療崩壊

このようになった場合に“医療崩壊”が起こり、ICUでの治療を受けられない患者が発生する。この場合の致死率は14%前後(≒イタリア暫定値)に跳ね上がる。

これがイタリアで医療崩壊が起きた大きな原因の一つである。イタリアでは、「ICU受入れ可能数」を遥かに上回る重症患者が発生したために、“医療崩壊”という大惨事を招いた。

筆者は洪水時の“堤防決壊”のイメージを抱いている。(洪水:堤防=感染者:ICU数)

 

◆“医療崩壊”した国としない国の差は結局何なのか

図4をご覧頂きたい。百万人あたりで各国の死亡者数とICU数(床数)を比較した。ICU数が豊富なドイツ(とアメリカ)は、死亡者数も多いが実は医療崩壊には至っていない。ドイツの致死率は約3%で踏みとどまっている。一方イタリア以外にもフランス・イギリス・スペインは10%を超える致死率になっており著しい“医療崩壊”を起こして医療現場は誠に残念な状況である。

 

[図4 死亡者数とICU数(床数)]

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要するに、受け入れ可能な限界床数が防衛ラインであり、それを超えると“医療崩壊”を起こすと考えることは合理的だろう。ただし、医療スタッフの体制・社会(健康)保険制度・医療制度などの違いを考慮していないので、この点には注意が必要である。医療スタッフの疲弊による医療者自身の感染なども長期化する中ではボトルネックになりうる。

 

◆各国を数字で比較して臨界領域の目途を付ける

 

次に、具体的な臨界点を推定したい。図5は先程のグラフ(図4)の数値一覧である。ここでイタリアは、百万人あたり125床のICUがあるが臨界を突破した。一方ドイツは292床である。これはイタリアの2倍を超える。

 

[図5 各国感染者数と死亡者数とICU病床数一覧]

 

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※ 死亡者数(4月18日現在)は厚生労働省報道発表資料より

※ 日本ICU数は「日本集中治療医学会 声明(4/1)脚注より引用

※ 各国ICU数はThe Countries With The Most Critical Care Beds Per Capita 12-Mar-20 より

やや幅が広いがこのイタリア125床とドイツ292床の間に、医療崩壊した限界ラインがあると推測した。

 

◆限界ラインの目途はどこか

そこで、イタリアの日々の推移の中で、感染者数の増加速度が急に速くなったあたりの患者の増え方に着目した。

 

[図6イタリアの陽性者数の推移表]

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図6の表は、筆者がイタリアの日々の進捗を集計している表の一部である。一覧表全体は広大なために掲載できないので解りにくいが、赤いラインを引いた3月8日が、ロックダウンが開始された日であり、偶然にも崩壊はこの日に急速に拡大したと推定できる。感染者と死者の急増はこの日あたりから始まっている。

3月8日の推定重症者数が1,277人(:筆者推定)であり、これは、イタリアICU総台数12,500床(推定)の約10%(:1,250)に相当する。(筆者が10%で鉛筆をなめたのではなく、偶然10%という数字になった。)

イタリアから帰納した限界ライン予測:「国内のICU数の10%」

国によるばらつきはもちろんある。

これを日本に適用すると、

日本の限界ライン=650床(イタリアの状況から帰納的に推定)

である。

また、4月1日に発表された日本集中治療医学会の声明によれば、当該時点で「1,000に満たない可能性があります。」と表明された。

日本の限界ライン=1,000床未満(日本集中治療医学会声明)

“本邦には約6,500床ほどのICUベッドがあると推定致しますが、約4倍のマンパワーが必要であること、他の重症患者の受け入れも必要であることを考えると、このままでは、実際に新型コロナウイルス感染症の重症患者を収容できるベッド数は1,000床にも満たない可能性があります。無理に収容すると感染防御の破綻による院内感染、医療従事者の感染、集中治療に従事する医療スタッフの肉体的・精神的ストレスが極限に達します。”

(2020年4月1日一般社団法人日本集中治療医学会 理事長西田修氏の声明より抜粋)

ICUベッド数をボトルネックとした場合、

限界ラインの結論:

医療崩壊”の限界ラインは重症者650~1,000人のゾーンのどこか

4/19時点における日本の重症者数は、217人である。

(重症者)217< 650(限界ライン下限)なので、現在全体としては“医療崩壊”を起こしてはいない。ただし、偏在状況を考慮すれば、局地的には起きていると予想しておくべきだろう。

 

◆臨界点を決定するもう一つの重要なファクター

ICUベッド数以外にも臨界点に影響を与える重要なファクターがある。診察や治療にあたる医療従事者という人的資源である。これは日本集中治療医学会の西田理事長も明確に表明している。

“無理に収容すると感染防御の破綻による院内感染、医療従事者の感染、集中治療に従事する医療スタッフの肉体的・精神的ストレスが極限に達します。”

(前掲 西田理事長声明より抜粋)

国家と民族の存亡をかけた日米戦争の際にも、パイロットのような熟練技術者の疲労を考えずに連続投入し急速に消耗して戦力を低下させたが、現代医療の最前線でも同じことが繰り返されかねない。イタリアでは診察と治療にあたっていた医療従事者自身の死亡者が100名を超えたという報道もあったが、仮に日本でそれが起きるようなことになるとICUベッドの飽和の前に人手不足による文字通りの医療崩壊が始まってしまう。

現在は“非常事態”なのだから、私達国民も医療従事者の負担軽減に協力し続けることで死亡者の低減に貢献したい。

 

帰納モデルから日本を予測

4/19現在、日本では日々約500人のPCR陽性患者が確認され、PCR陽性患者の87.5%が「症状が有り入院を要する者」に入る。そのうち2.5%が重症になることが日々の推移から算定できる。主にこれらの事実に基づいて、3つのシナリオを設定して、約40日後となる5月末時点の予想を計算した。この3つのシナリオを楽観・(帰納的)予測・悲観ケースとして“臨界点の突破”(=“医療崩壊”の発生)の有無と死亡者数を検討した結果は図7の通りである。

楽観ケースでは、感染者増加ペースは現状のまま横ばいで1日500人と設定した。

予測ケースでは、感染者増加ペースは平均で現状の2倍として1日1,000人と設定した。

悲観ケースでは、感染者増加ペースはイタリア並みで平均1日5,000人と設定した。人口は日本が2倍なのでその点も考慮した)

 

[図7]日本 ケース別 5月末時点の予測

 

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厚生労働省HP報道発表資料より現状を捕捉し、独自の推定に基づき筆者が作成した

図7の結果一覧表だけでは推移イメージがわきにくい。そこで、3つのシナリオのうち、(帰納的)予測モデルの推移グラフ(図8)を添付する。なお、このケースでは、先に設定した臨界点は5月下旬に突破することになり、その場合、溢れた重症患者は必要な手当てがなされないということになり、その場合致死率は急増する。

 

[図8帰納的予測ケースの重症者推移の予測グラフ]

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◆予測計算と期待値計算の結果

楽観ケース:“医療崩壊”は起きず、死亡者数は479人

予測ケース:“医療崩壊”は局地的に起きて、死亡者数は853人

悲観ケース:感染者急増により“医療崩壊”が多発して死亡者は39,339人

これらを算定の基礎として、各シナリオに生起確率を設定して、Σ(人数×確率)として和を計算すると次の図9の通り。計算式は以下の通り。

死亡者数期待値(E)

=(楽観479人)×(確率)+(予測853人)×(確率)+(悲観39,339人)×(確率)

 

[図9 ケース別期待値試算の一覧表]

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「日本においては感染爆発など起きない」という見解であれば期待値は1,000人未満。

「日本は今の2倍の感染速度になり医療崩壊が一部で起きる」という見解であれば期待値は1,200人前後。

「日本もイタリアと同じ道を辿る」という見解であれば期待値は37,000人超である。

なお、シナリオ設定と確率変動の設定には筆者の恣意的判断が入っているので、読者の皆さんにも任意に納得の行く計算をして頂きたい。

筆者は毎日イタリアと日本の感染者数の推移を集計しており、例えば図10を見る限りでは今のところ「日本でもイタリアのような“感染爆発”が起こる」ようには思えない。新規増加数は加速していない(=“アクセル”は踏まれていない“等速直線運動”状態だ)からである。日本においても自粛が奏功して、イタリアのように劇的な収束が始まることがベストだが、感染爆発を未然に防いだならば、それだけでも政府の非常事態宣言と国民の自粛は効果があったと評価すべきだろう。

 

[図10]日本PCR検査陽性確認者(感染者)数の推移(実績)

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※ データは厚生労働省報道発表資料より

ただし、「原因不明だが感染拡大スピードが遅い」という特徴が日本にはあるので、収束も特異な傾向となる可能性は十分ある。今はまさに分かれ目にある。努力次第で今後の傾向は大きく変わるだろう。

なお、主観的な印象の表明をお許しいただくならば、

1. 感染者については増加がダラダラと続く

2. 4月下旬以降自粛の効果が出始めることで“感染爆発”は起きない

3. 局地的な“医療崩壊”が起きる可能性は低くない

4. 死亡者数については5月末1,000人±500人の幅に収まるのではないか

つまり、(楽観寄りの)予測ケースに近い。(:個人的な主観に過ぎない。)

ただし、COVID-19は複数年に渡り対応が必要な可能性もあり、小さなピークを作りながら推移するのではないかとも想定している。その場合には、高齢者と基礎疾患のある人に対するリスクの高さから、悲観ケースのような規模の死亡者も発生する可能性は高い。現に、高齢を背景とした(誤嚥性)肺炎などは日本人の死因として常に上位の疾病であり毎年10万人以上の死亡原因となっている。

 

◆自粛要請はGW後も延長すべきか否か

ここから5月7日までは未だ若干の時間がある。ぎりぎりまで状況をアップデートし続けて頂き、現実の数字に基づいた政策判断を期待したい。

4月8日から始まった自粛の効果が出て、本稿で検証したような数字に退潮の兆しが見え始めたならば、徐々に自粛を解除すべきである。

一方、兆しが確認できない場合は長期持久戦に切り替えて、経済対策により重心を移すべきである。詳細は論じないが不況は自殺者の増加と相関関係があり、不景気の底が深く長くなれば、年間1万人規模の増加もあり得る。

また、「人命か経済か」という問いの立て方はナンセンスである。経済対策は「命の救済」をも目的とした手段に過ぎないからだ。このことは一部の国民にも周知するべきであろう。政府には合理的なリスク評価に基づいた政策決定を期待している。

 

◆まとめ

1. ロックダウンと感染者数には確かに相関関係がある

2. 医療崩壊”限界ラインは重症者650~1,000人のゾーンのどこか

3. 重症者の急激な増加を防ぐために感染速度を抑制する自粛には意味がある

4. 医療従事者の負担軽減に国民も協力することが重要

5. 自粛解除か延長かの判断は、今後の数字の推移次第

 

 

【文責:田村和広】

 

 

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