情報検証研究所のブログ

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【 BCGのウイルス由来感染症抑制効果:後編 】

結局、「BCG=ファクターX」なのか、違うのか?
「BCGを打つとウイルス由来感染症を抑制する」という実験結果が発表されたのに、ファクターX仮説に結び付けると、なぜ「論理の飛躍」などとするのか?
多くの方がこのように疑問を感じることは当然です。
本稿では、学術誌Cellに掲載された論文(※1)の読解(9月7日投稿の前編)を踏まえ、現時点におけるBCG仮説について考察致します。(前編では「現在の日本で議論が成り立ちにくい状況」についても論じる、としていましたが、余りに長い文章になるためその部分は別稿とさせて頂きます。)
なお、“ファクターX”という単語の指し示す意味は、人により、時期により、大きく揺れ動いて参りました。そのため議論がかみ合わないことも非常に多かったので、ここでは次のように捉えて検証します。
 
定義:【ファクターX】
「ファクターX」とは、「日本を含む一部の国おいて、陽性者数を桁違いに抑え、または重症化を抑制し、それらの結果、死亡者数を桁違いに少なく抑えている何らかの要因のこと」とする。
 
 

【 BCGのウイルス由来感染症抑制効果:後編 】

 
 
「BCGを高齢者に接種すると、ウイルス由来の気道感染症も抑制される。
∴(ゆえに)BCGには、COVID-19に対しても抑制効果がある、と推定される。」
この推定は合理的だと感じます。SARS-CoV-2もウイルスであり、COVID-19は、ウイルスに由来する感染症だからです。逆に否定するならば、理由を明確に提示する必要があるでしょう。
更に、BCG仮説を支持する方々の中には一歩踏み込んで、
「BCGはファクターXの一つと証明された」「BCGを打っている日本は、既に“ワクチン接種済み”のようなもの」等の推論を展開している方もいます。そう断言されるとそんな気もします。
例えば、10万人あたり死亡者数に注目すると、広範囲なBCG接種を義務化していないイタリアは約59人ですが、接種している日本では約1人です。その差は58人であり圧倒的です(9月1日現在。図1参照)。先の研究報告で「BCGの感染抑制効果」が証明されたのですから、イタリアと日本の大差の原因は「BCG効果に違いない」と受け止めてもいいのではないでしょうか?
 

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それでも「BCGはファクターXの一つである」という主張は、予想としてならば有力ですが、証明された事実として扱うには論理の飛躍があると考えます。現段階ではまだ、そこまでは言えません。なぜでしょうか?
その理由は、大きく分けて3つあります。
 
 
 

◆ 「論理の飛躍」と捉える3つの理由

 
論理の飛躍と捉える理由の1つ目は、そもそも今回の試験がSARS-CoV-2に対してBCGの効果があるのか直接確認したわけではないからです。十分現実的な可能性はあると考えられますが、それでもこれはまだ推測です。ただし、この点については、SARS-CoV-2をターゲットとする複数の試験が現在進行中とのことですので、近日中に確認できると予想しております。
 
2つ目の理由は、死亡者数の抑制に貢献している可能性のある要素は、他にもいくつかあり、BCGを含めて、各要素の影響の大きさがまだよくわからないことです。(図2参照)
感染者数や死亡者数の抑制に対して「貢献度は過半数」と算定できれば、他の要因について算定できなくても「BCGがファクターXである」と言えます。そうでなければ各要素の貢献度を確かめないと、そう言い切ることには慎重であるべきでしょう。
 

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3つ目は、「BCGが(40年以上にわたり)高い免疫機能を維持し続けて、中高年の死亡を抑制している」とまでは、今回の試験結果だけでは言えないからです。それはなぜでしょうか。
BCGは本来のターゲットである結核に対して接種後10~15年程度は効果が期待できるとされております(※)。それ以後の効果は不明です。日本では0歳でBCGを接種しているので、その効果は15歳頃まで持続する可能性はあるでしょう(個人差有)。
また、今回の試験は高齢者にBCGを接種してから2年の間の観察であり、それより長い期間については効果があるとは断定できません。
それらを考慮すれば、「(40年以上にわたり)高い免疫機能を維持し続けて、中高年の死亡を抑制している」という仮説は、今回の試験結果だけでは、否定もできませんが肯定もできません。
以上の3つの理由により、論理の飛躍と考えております。
(ただし、インフルエンザにおける福見理論を援用するならば、若年層に対する感染予防効果のために高齢者の感染もまた減少する、という見方は出来ます。福見理論については図3のコメント参照)
 
厚生労働省のコメント…“BCGは結核を予防するために接種するワクチンです。(略)一度BCGワクチンを接種すれば、その効果は10~15年程度続くと考えられています。”(厚生労働省ウェブサイトより引用。※2)
 
 

◆ 今後、どうなればファクターXとみなせるのか

 
私は、「BCGには免疫の訓練誘導等、免疫機能の強化を促進する効果がある」という説は事実だろうと考えております。ただし現時点では、その貢献度合いがわからない点などから、「BCGが現実に感染者数や死亡者数を桁違いに抑制した」とすることは、まだ論理の飛躍があるとも考えております。つまり、
「現時点で“BCG=ファクターX”と断定するのは時期尚早であり、今後の試験結果を待つべきである。そこで肯定的な試験結果が得られたならば、科学的事実として今後の対処に生かしたらよい」と考えております。
では、今後BCGをファクターXの一つと考えるのが妥当になるには、具体的にはどのような肯定的根拠が必要でしょうか?私は、少なくとも次の三種の根拠が必要だと考えます(図3参照)。
  • BCGがSARS-CoV-2(COVID-19)を抑制するという直接的な根拠
  • 接種から40年以上経過しても免疫機能の強化を維持するという根拠
  • BCGによるCOVID-19抑制効果が十分大きいという根拠
 

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これらはあくまでも必要条件であり、現時点では想定できない他の条件があるかもしれません。それでもこれらが示されたならば「BCGがファクターXの一つである」と考えることは確率的な面を考慮しても合理的でしょう。
 
 

◆ まとめ

 
「仮説が真か偽か」や「自分の主張が正しいか間違っているか」、そのようなことよりも、「どのように活用して社会の役にたつのか」ということのほうが重要です。今回のテーマであるBCG仮説であれば、事実が確認できない段階でハイリスクグループの方々がこぞって接種したりしてしまうと、本来の対象である乳幼児用の在庫が逼迫する危険性もあります。その懸念があるので、新聞やテレビやインターネット媒体、あるいは言論の影響力のある人物等が未確定の段階で断定的に語ることには疑問を感じます。
もう一歩踏み込むならば、BCGにウイルス性感染症に対する抑制効果があるというランダム化比較試験が発表された現在、日本もBCGの防御を検証する試験を開始すべきかもしれません。その上で、費用対効果まで検証してCOVID-19とその他の感染症から高齢者を守るために有効だと結論が出たならば、BCG増産や接種の法律制定など、日本の政策を変更して頂きたいと考えます。
 
最後に、科学的証拠を提示できない話を一つ書きます。
9月9日現在、日本の死亡者数は欧米諸国に比べて桁違いに少ないのは事実です。
しかしそれは「少なくした人たちがいた」という側面もあると考えております。医療施設と高齢者施設などの方々のことです。彼らは未知のウイルスだった1月頃から既に、段階的に感染症対策を厳格化し、過酷な業務を遂行しておりました。高齢者比率が世界トップクラスの日本は、原因は確定できておりませんがイタリアやスペインや米国(ニューヨーク)のようにはなりませんでした。それは、専門家会議の指導と国民の自粛協力を前提として、より直接的には従事者の技術水準と献身的な任務遂行による高齢者保護の賜物だと考えます。そのことを忘れずに、これからも感染症予防を徹底して行きたいと考えます。
 
 
(おわり)
 
 
(以下参考サイト)

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※1 “ACTIVATE: RANDOMIZED CLINICAL TRIAL OF BCG VACCINATION AGAINST INFECTION IN THE ELDERLY(高齢者の感染に対するBCGワクチン接種の無作為化臨床試験「ACTIVATE」)”

https://www.cell.com/cell/fulltext/S0092-8674(20)31139-9?rss=yes


※2 厚生労働省結核とBCGワクチンに関するQ&A」

https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kekkaku-kansenshou/bcg/index.html

 

 

 

【文責:田村和広】

 

 


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