情報検証研究所のブログ

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【 BCGのウイルス由来感染症抑制効果:前編 】

「BCGを高齢者に接種すると、ウイルス由来の気道感染症も抑制される」

ということを示唆する科学的根拠が発表されました。今回の根拠はランダム化比較試験の結果です。これを受けて、「ファクターXの1つが証明された」「これで日本はSARS-CoV-2のワクチンを打っているのに等しい」という反応が観測されます。その一方、「調査のサイズが小さい」「日本株ではない」「新型コロナを抑制するとは言えない」という反応も観測されます。私たちは、一体どのように受け止めれば良いのでしょうか?妥当な理解の前提として、本稿では、まずはその論文を読解して参ります。
 

【 BCGのウイルス由来感染症抑制効果:前編 】

 
~抑制効果を示唆するランダム化比較試験の論文~
 

◆ はじめに

8月31日、“ACTIVATE(※1)”と命名されたBCGに関する試験の、中間報告が学術誌「Cell」に掲載されました。
この試験は2017年に開始されており、SARS-CoV-2をターゲットとしたものではありません。しかし、BCGが「菌だけでなくウイルス由来の可能性のある感染症も抑制する」という試験結果は、「BCGはCOVID-19の感染も抑制する」可能性があることを示しております。
この試験結果は、従来の「BCGと感染状況の相関関係を分析して得られた知見」よりも、質的に信頼性の水準が一段階高い根拠であり、大きな前進です(図1ご参照)。
 

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実は2003年の段階で既に、日本の大類孝氏によって類似の試験が行われておりました。
その研究の結論は「BCG接種は寝たきり高齢者において、肺炎予防効果があることが明らかにされた」というものでした。(2003年3月20日日経メディカル記事「【日本呼吸器学会速報】 寝たきり高齢者へのBCGワクチンで肺炎発症の予防に効果」参照 ※2)
論文は英語で記述され、専門用語が多数含まれております。そのため筆者の誤解または要約による意味の改変が発生している可能性が十分あります。従いまして、引用される場合は必ず元の論文(※1)を確認されることをお勧め致します。
 
※ 6月29日に発信した拙稿「【検証:BCG仮説とイラク】 ~BCG仮説を肯定も否定もしないが観察期間を長くとるべき~」において、次の通り結びました。
“私は現時点で、BCGの効果について、期待はしておりますが、否定も肯定もしません。判断するには時期尚早だと感じるからです。科学的な検証に基づく確定的な見解が発表されるのを待ちたいと考えております。(6月29日論考より※3)”
その後2か月が経過し状況の進展がありました。今回はその続編としての検証報告となります。(なお、上記論考には一部訂正が必要な部分があります。本稿最後の引用一覧部分に合わせて記載致しました。)
 
 

[ BCGの感染症抑制効果に関する論文の読解と要約]

 

◆ 概要

2020年8月31日、学術誌Cell(※)に次の表題の論文が掲載されました。
ACTIVATE: RANDOMIZED CLINICAL TRIAL OF BCG VACCINATION AGAINST INFECTION IN THE ELDERLY(高齢者の感染に対するBCGワクチン接種の無作為化臨床試験「ACTIVATE」 ※1)”
※ 学術誌「Cell」…“1974年創刊のCellは細胞生物学、生化学、分子生物学分野において現在でも最高峰の雑誌というステータスを誇り、その後刊行された姉妹誌も、各分野トップレベルの情報を提供しています。(ユサコ株式会社のウェブサイトより引用)”
 
この試験の概要は次の通りです。
 
**試験概要**
  • 試験目的は「高齢者へのBCGワクチン接種には、結核以外の感染症抑制する効果があるかどうか」を評価することです。COVID-19を特定のターゲットにおいた試験ではありません
  • 開始時期は2017年であり、COVID-19パンデミックが始まる前から始まりました。
  • 研究者側にも被験者側にも処置群かコントロール群(比較対象)かを知らせない(=二重盲検)「二重盲検ランダム化比較試験」(※)です。そのため比較点以外の条件を揃えた(=ランダム化した)試験と認められます。
  • 今回の処置群はBCGを接種した集団、コントロール群はプラセボを接種した集団となります。
  • 65歳以上の入院患者が退院する際、BCGワクチンを接種し、その後2年の間に、新たに何らかの感染症に罹患するかどうかと感染するまでの期間等を追跡しました。
  • 被験者(n)総数は202名でしたが4名が途中で対象を辞退し198名が母集団となりました。そのうち、追跡期間満了前などの点を考慮して、プラセボ接種78人とBCGワクチン接種72人の計150名についての中間分析が行われております。
  • 調査期間は2020年8月まででしたが、COVID-19パンデミックの状況を考慮し、試験期間の終了を待たずに中間報告として発表されました。
なお、“ACTIVATE”という名称は、 “A randomized Clinical trial for enhanced Trained Immune responses through Bacillus Calmette-Guérin VAccination to prevenT infections of the Elderly”という実験概要の大文字かつ太字の部分を並べて作った略称のようです。
 
(以下筆者コメント)
※ これまでのCOVID-19とBCGに関する分析は、観測された既存の感染データを集めて「比較検証」する、相関関係に着目した分析が主でした。一方、今回の試験は「二重盲検ランダム化比較試験」であり、信頼性の階層が一段階上の科学的根拠となります。なぜ信頼性のレベルが違うかというと、従来発表されていた相関関係の分析では、既存のデータを収集するので、不統一な計測基準や不揃いの母集団などの影響でデータが偏っている可能性があり、疑似相関の可能性も慎重に吟味しなくてはなりません。一方、今回の試験では、「二重盲検」と「ランダム化」で研究者・被験者・母集団に関するバイアスや他の要因による影響を除去することができ、比べたい点だけをクリアに比較できるようになるからです。
※ ただし、今回の試験に関しては、対象者がn=198、つまり198件の事例なので統計的にみて、やや小さい母集団です。このことから、論文中でも、より大規模な試験が必要であることに明確に言及しております。
(筆者コメントここまで)
 
 
この試験の結果概要は次の通りです。(英文を精密に翻訳した和訳ではありません。)
 
**試験結果概要**
  • BCGワクチン接種は新たな感染の発生率を減らし、気道感染症の発生率に大きな影響を与えます
  • BCGワクチン接種は退院後初めて感染するまでの時間を延ばしました。(プラセボ群中央値11週間、BCG群中央値16週間)
  • ワクチン接種後12か月間の新規感染の発生率も減少しました。(プラセボ群42.3%、BCG群25.0%)
  • ハザードレシオ(HR)=0.55であり、これはプラセボ群と比較してBCG群の新規感染リスクが45%減少することを意味します。
  • ウイルス起源の可能性のある呼吸器感染では、ハザードレシオ=0.21であり、これはプラセボ群と比較してBCG群のリスクが79%減少することを意味します。
  • BCG群のハザードレシオ=0.21は、インドネシアと日本で行われた研究における気道感染症の70-80%の減少と一致しています(Ohrui et al。、2005; Wardhana et al。2011 ※2大類氏の研究)。
  • BCGワクチン接種の効果はサイトカイン産生パターンの変調と関連しています。
  • 訓練免疫(trained immunity)が示唆されました。BCGワクチン接種を受けた個人では、サイトカインの増幅が見られ(IL-6とTNFαの領域でH3K27acのレベルの上昇が観察され)、BCGワクチン接種による後成的再プログラミングが示唆されました。
  • 腫瘍壊死因子α(TNFα:サイトカインの一つ)、インターロイキン1β(IL-1β炎症性サイトカイン)およびインターロイキン10(IL-10抑制性サイトカイン)の異種産生非マイコバクテリアリガンド(特定の受容体に特異的に結合する物質)は、プラセボワクチン接種された個人と比較して、BCGワクチン接種された個人で増幅されました。増幅されたインターフェロン-ガンマ(IFNγ)(異種T細胞反応)応答の傾向も見つかりました。
  • なお、サイトカインのデータが利用できるBCGワクチン接種を受けた個人の数は少なすぎて、防御の相関として訓練免疫反応(trained immunity response)を予測することはできません
  • 適応免疫記憶応答の誘導を示す、BCGワクチン接種後の結核菌刺激によるIFNγの有意な増加を観察しました。
  • さらに、細胞が黄色ブドウ球菌やLPSなどの非マイコバクテリア刺激に曝された場合、サイトカイン産生も高齢者で有意に増加し、訓練免疫誘導を示しています。
  • BCGワクチン接種が訓練免疫(trained immunity)と細胞応答性を誘導する一方で、過剰な全身性炎症が続かないことが示されました。
  • プラセボ群よりもBCGワクチン接種群で重篤な有害事象が低い傾向が記録されました。さらに、重篤でない有害事象の発生率は2つのグループ間で差がありませんでした。(要するにBCGを接種しても副反応が増加しなかったということ。)
  • 今回の試験データは、「BCGワクチン接種によって、高齢者が新規感染することを抑制できる」ことを示しております。しかしCOVID-19を含む呼吸器感染症に対する防御を評価するには、より大規模なランダム化臨床試験が必要です。
 
 
この試験で言及されている注意点は次の通りです。
 
**考察が必要な検討事項**
  • BCGワクチン接種の安全性について
炎症反応の増幅は、COVID-19(Huang et al。2020)の一部の患者の重症度と死亡率に寄与するという指摘があります。そのため、BCGワクチン接種は自然免疫応答の増強により有害な影響も懸念されます。一方で、抗ウイルス機構の活性化につながるBCGワクチン接種は、ウイルス量の減少につながり、全身性炎症を軽減し、疾患をより穏やかにし、回より迅速な回復をもたらすと主張することもできます。
なお、今回の研究では、ワクチン接種前の濃度と比較して、BCGワクチン接種された個人の炎症誘発性タンパク質の濃度の増加は観察されず、炎症の定常状態レベルがBCGによって増加しないことが示されました。
BCGワクチン接種によって誘導される防御のメカニズムは、異種T細胞応答(Welsh et al。、2010)または訓練免疫の誘導(Kleinnijenhuis et al。、2012)のいずれかによる可能性があります。自然免疫と異種T細胞免疫の組み合わせが全体的な臨床効果の原因である可能性が高いです。
 
  • 今回の試験に関する質と規模について
観察対象集団の規模が比較的小さいので、大規模な研究で追加の検証が必要です。
また、必要情報の一部が欠如しています。(ワクチン接種後の反復IGRA、様々な呼吸器感染症の発生に関する血清学的情報、出生時のBCGワクチン接種情報)
 
  • COVID-19に対するBCGワクチンの影響は未だ結論できない
試験に参加している個人の数が少なすぎるため、COVID-19に対するBCGワクチン接種の影響に関する結論を出すことはできません。そのためには、さらに長期間フォローアップか、はるかに大規模な研究が必要です。
 
この試験の結論は次の通りです。
 
**論文の結論**
  • 本研究では、リスクのある高齢者集団に対するBCGワクチン接種が安全であり、その感染数を減少させることを示しています。これらのデータは注意して解釈する必要がありますが、BCGが誘発する訓練免疫によって、新たな感染、特に気道感染症に罹ることから保護される、という仮説を裏付けます。
  • 確かに、今回の試験の結果からは、「BCGワクチン接種は、SARS-CoV-2の特定のワクチンが開発・製造されるまでの間、その空白を埋めるために使用できる」ということが示唆されております。しかし、そう主張するためには、今回の規模ではサンプル数が少なすぎます。確かな根拠とするためには、SARS-CoV-2による罹患率と死亡率に対するBCGワクチン接種の影響を研究するため大規模なランダム化臨床試験感染が必要です。
 
[ 論文の読解と要約はここでおわり ]
 
 

◆ 前編のまとめ

 
試験が妥当に実施されていることを前提とするならば、
「BCGを高齢者に接種すると、ウイルス由来の気道感染症も抑制される」
という結果は事実と思われます。精度と信頼性の向上のためには、大規模かつ長期的な追加試験が必要ですが、BCGには、COVID-19に対しても抑制効果があると推測することの妥当性は高まりました。あくまでも推測としてです。
ただし、これらを以て「BCGは、日本(を含む一部の国)における感染(陽性)者数と死亡者数を桁違いに少なく抑えている“ファクターX”である」、と結論付けるのは時期尚早です。(否定ではありません。)現段階では論理の飛躍があり、そこまでは言えません。飛躍とみなす理由については後編で述べて行く予定です。
 
 
“SUMMARY
BCG vaccination in children protects against heterologous infections and improves survival independently of tuberculosis prevention. The phase III ACTIVATE trial assessed whether BCG has similar effects in the elderly. In this double-blind, randomized trial, elderly patients (n=198) received BCG or placebo vaccine at hospital discharge, and were followed for 12 months for new infections. At interim analysis, BCG vaccination significantly increased the time to first infection (median 16 weeks compared to 11 weeks after placebo). The incidence of new infections was 42.3% (95% CIs 31.9-53.4%) after placebo vaccination and 25.0% (95% CIs 16.4- 36.16%) after BCG vaccination; most of the protection was against respiratory tract infections of probable viral origin (hazard ratio 0.21, p: 0.013). No difference in the frequency of adverse effects was found. Data show that BCG vaccination is safe and can protect the elderly against infections. Larger studies are needed to assess protection against respiratory infections, including COVID-19.
(中略)
In conclusion, in the present study we demonstrate that BCG vaccination is safe and decreases the number of infections in an elderly population at risk. While these data need to be interpreted with caution, they support the hypothesis that BCG-induced trained immunity protects against new infections, mostly against respiratory tract infections. Although results argue that BCG vaccination could be used to bridge the period until a specific vaccine for SARS-CoV-2 is developed and produced, larger randomized clinical trials to study the impact of BCG vaccination on morbidity and mortality due to SARS-CoV-2 infection are needed. (当該中間報告論文:ACTIVATE: RANDOMIZED CLINICAL TRIAL OF BCG VACCINATION AGAINST INFECTION IN THE ELDERLYより引用 ※2)”
 
 
(前編おわり)
 
(後編につづく)
 
(以下引用サイト)
=============
※1 学術誌Cellに掲載された論文:
※2 「【日本呼吸器学会速報】 寝たきり高齢者へのBCGワクチンで肺炎発症の予防に効果」(東北大学老年呼吸器内科、大類孝氏。日経メディカル2003.03.20記事)

https://medical.nikkeibp.co.jp/inc/all/hotnews/archives/237265.html

 

※3 情報検証研究所のブログ「【検証:BCG仮説とイラク】 ~BCG仮説を肯定も否定もしないが観察期間を長くとるべき~」

https://johokensho.hatenablog.com/entry/2020/06/29/101353

 

なお、当該記事には、一部不正確な記述があります。本文中頃に“BCG接種の有無について、隣接する二国であるイラク接種あり、死亡者少ない)とイラン(接種なし、死亡者多い)の状況が桁違いだったため”としておりますが、正確には“イラク日本株、死亡者少ない)とイラン(少なくとも1990年以降(つまり0~30歳 の世代)は非日本株(Pasteur株)出生時接種、高齢層は接種なしと推定、死亡者多い)”となります。死亡者の多くは高齢者に集中しているため、高齢層で接種がなかったと推定される点を過度に意識するあまり、要約の許容限度を超えて不正確な記述になりました。なお、当該論考全体の趣旨に対する影響度は、修正を要する程ではないと考えております。
 

【文責:田村和広】

 

 


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