情報検証研究所のブログ

オンラインサロン「ファクトチェック機関「情報検証研究所」」の活動や検証報告を公開します。

【検証:BCG仮説とイラク】 ~BCG仮説を肯定も否定もしないが観察期間を長くとるべき~

 

 COVID-19の感染状況は、世界各国によりまちまちです。3月末頃、その流行状況と各国のBCG接種に関する政策との相関性に着目して「BCGワクチンを接種している国では新型コロナウイルス感染による重症化または死亡が抑制されているのではないか」という趣旨の仮説が拡がりました。(参考記事:「新型コロナとBCGの相関関係について免疫学の宮坂先生にお伺いしました」YAHOO!JAPANニュース4/5)

https://news.yahoo.co.jp/by…/kimuramasato/20200405-00171556/

 

 このBCG仮説は、ノーベル賞受賞者山中伸弥教授が提唱する“ファクターX”論の中でも候補として挙げられているほどで、一定の支持を受け科学的な検証も行われているようです。しかし、その真偽についての確定的な結果は未だ出ていないと思われます。私自身は「効果があれば喜ばしい」と思いますが各種のデータを示されても、しっくり来ておりません。(単に私の理解力や一般化能力が低いだけだとは思いますが。)添付記事中にも出てくる各国の接種政策と感染状況についての一覧表もじっくりと読みましたが、「なるほど!強い相関がある!」とは感じられないのです。「相関はありそうだが交絡(疑似相関)の可能性も排除できないのでは?」くらいの感覚です。

 

◆ 当初ブラジルやイラクがBCG仮説の根拠筆頭だった
 
 3月末時点で、イラクやブラジルは、感染者数も死亡者数も少なく、
イラク 感染者: 630人、 死亡者 43人
ブラジル感染者:4,579人、 死亡者 159人

であり、感染拡大が著しい国、例えばイタリア、
イタリア感染者:101,739人、死亡者 11,591人
と比べて際立って低い感染状況でした。

 イタリアが国としてBCG接種をしていない一方、例示したブラジルはモロー株、イラク日本株のBCG接種を国の政策として行っており、その感染状況と接種の有無を比較対照すると、強い相関を感じる方も多かったと思われます。
3月末頃には、この二か国だけでなく、世界全体でBCG接種国と非接種国で色分けすると、接種国の方が感染状況も穏やかであり、確かにBCG仮説の有効性を感じさせておりました。


イラクは6月に感染拡大期入りか

 BCG接種の有無について、隣接する二国であるイラク(接種あり、死亡者少ない)とイラン(接種なし、死亡者多い)の状況が桁違いだったため、両国は5月くらいまでは比較対照されておりました。つまり「イラクはBCGの効果でCOVID-19も抑制できているのではないか。隣国イランとの間の顕著な差異は、それでしか説明がつかない」という主張です。しかし6月25日現在、依然として差はありますが、4月ごろと比べて桁違いとまでは言えなくなりました。イラクでも6月に入り感染者及び死亡者が急増し始めたからです(グラフ1およびグラフ2ご参照)。

f:id:johokensho:20200629100726j:plain

 

f:id:johokensho:20200629100741j:plain


 その結果、人口比も考慮した新規死亡者数では3月末ごろにはイランが圧倒的に多かったのですが、6月に入って逆にイラクの方が多くなっております(グラフ3)。なお、その間イランの感染状況は殆ど衰えておりません。

f:id:johokensho:20200629101133j:plain

 「何かの理由で感染時期がずれた」とは言えそうですが、「BCGのおかげで重症化(又は死亡)しにくい」と言い切るのは少し苦しく感じます。


◆ BCGが全年齢に接種されているわけではない

 また、各国の接種状況に注目すると、接種している先進国では70歳あたりまでカバーできている一方、接種している新興国では40歳未満までしかカバーできていない国も多く、一律にゼロイチ思考で接種「あり」又は「なし」と判定するのは短絡的過ぎるのではないかとも感じました。(参考サイト: http://www.bi.cs.titech.ac.jp
東京工業大学、 情報理工学院の秋山泰教授ら発表のデータ)


人口ピラミッドを考慮すれば風景も変わる

 特にイラクでは国民人口の年齢構成に特徴があります。添付のグラフ4の通り、年齢層が高まるほど人数が減少する「綺麗なピラミッド型」を描いています。この通り日本とは全く違うので、イラクについて考察する際には日本のイメージを先入観から排除して考察する必要があります。

f:id:johokensho:20200629101158j:plain


◆ 現時点は未だ慎重に検討すべき段階

この特徴的な人口構成と、「高齢者ほど致死率が高まる」というCOVID-19の特質とを考え合わせると、次のような考えが浮かび上がります。

つまり、
イラクの死亡者が少ない理由は、
1:高齢者が少ないから
2:BGCにより免疫機能が強化(活性化)されているから
3:高齢者数の少なさとBCGの総合的効果
4:上記以外の原因による
のどれなのか、現状ではまだ慎重に検討する必要があるのではないか。」
ということです。

 

https://population-pyramid.net/ja


◆ COVID-19は現在進行形の事象

 

 詳細は別稿でいつか検証したいのですが、「ファクターX」論には、今答えを見つけたいために、「事態の推移」という時系列の観点が抜けているように感じます。今という同一時点で世界を輪切りにして比較対照するのは、対象が確定した過去事象の場合には大変有力な分析の視点です。一方、対象が現在進行形の事柄の場合には、得られたデータは「暫定的」であり、変化する可能性を考慮しながら分析することは必須と言っていいでしょう。

 スプーンでブラックコーヒーをかき混ぜ渦流を作りミルクを注げば、最初は綺麗な渦巻き模様が出現します。しかしその渦巻きの白黒は、「白い流れと黒い流れは理由があって分離し続ける」わけではありません。「まだ混ざり合っていないだけで時間差はあるが均一に混ざり合う」ということです。
パンデミックにも、地理的なロケーションの違いや社会的な慣習の違いで流行時期に差が生じることは通常のことではないでしょうか。COVID-19の流行状況においても、跛行色や斑模様が発生することは自然なことでしょう。
比較観察や考察には、この「現在進行中の事態であること」を忘れないことが肝要でしょう。

 BCG仮説を提唱することは、もとより言論の自由の範囲内です。社会的な課題は大いに議論されるべきです。ただし、影響力の大きなメディアや言論人が主張していた場合には、状況の推移に合わせて、変化があれば主張を修正し、変更部分を周知することもまた道義的な義務ではないかと考えます。(法的な義務ではありません。)BCG仮説はBCG政策に関して社会的な影響も与えており、特に日本ワクチン学会の声明(4月3日)にある通り、負の影響も懸念されるような状況になっていたことは忘れることはできません。(以下、同声明より抜粋)


“ 本来の適応と対象に合致しない接種が増大する結果、定期接種としての乳児への BCG ワクチンの安定供給が影響を受ける事態は避けなければならない (日本ワクチン学会、4月3日声明より) ”

http://www.jsvac.jp/pdfs/kenkai.pdf

 私は現時点で、BCGの効果について、期待はしておりますが、否定も肯定もしません。判断するには時期尚早だと感じるからです。科学的な検証に基づく確定的な見解が発表されるのを待ちたいと考えております。

 

【文責:田村和広】

 

<メンバー募集中!>

どういう議論を元に検証記事が出来あがっているのか?!
”議論の内容を知りたい!”という方、”議論に参加してみたい!”という方は、
ぜひご入会下さい!

lounge.dmm.com