情報検証研究所のブログ

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【検証:読売5月「イージス断念」報道】 ~「それはフェイク!」と誤断するのもフェイク~

 

◆ 河野大臣が「フェイク」認定した読売報道はほぼ事実だった

 2020年6月15日、河野防衛大臣は「イージスア・ショア配備計画の停止」を発表した。

 “山口県秋田県に配備することで進めてきたイージス・アショアでありますが、コストと期間に鑑みてイージス・アショアの配備のプロセスを停止いたします。具体的には、山口県のむつみ演習場の地元の皆様に、イージス・アショアのブースターを確実に演習場の中に落下させる、そういう御説明をしてまいりました。これまで米側とソフトウェアの改修で、これを実現すべく色々協議を行ってまいりましたが、今般、ソフトウェアの改修だけでは確実にむつみ演習場内にブースターを落下させるということが言えないと。ソフトウェアの改修に加えてハードウェアの改修が必要になってくる、ということが明確になりました。

 SM-3ブロックⅡAの開発では、日本側が1,100億円、アメリカもおそらく同額以上を負担する、それで12年の歳月がかかりました。新しいミサイル開発をするとなると、同じような期間、コストがかかるということになろうかと思いますし、ミサイルの形状が変われば当然にVLS垂直発射装置も改修が必要になる可能性がございます。
(:令和2年6月15日「イージス・アショアの配備に関する河野防衛大臣臨時会見」防衛省ウェブサイトより抜粋。改行は筆者)”

www.mod.go.jp

 

 一方、上記の発表から一か月以上遡る5月6日、読売新聞は次のように報道していた。
“ 政府は、地上配備型迎撃システム「イージスアショア」を巡り、当初予定していた陸上自衛隊新屋演習場(秋田市)への配備を断念する方向で検討に入った。地元の反対感情が強く、配備は困難と判断した。今後、秋田県内で配備候補地を検討する方針だ。政府が目指す2025年度の運用開始はずれ込む可能性が高い。複数の政府関係者が明らかにした。(読売新聞ウェブサイト5/6より抜粋。) ”

www.yomiuri.co.jp

 細かい点で違いはあるが、結局は中止(停止)である。読売は見事な報道だった。
ただし、読売報道にも不正確な点があり、国防に関わる重要機密情報を扱う以上は裏付け取材を重ねるなど正確さを追求して欲しかった。この点は「他社に先駆けて!」という報道記者魂も影響しているのかもしれない。

 

◆情報の差異

読売報道には、重要情報についてやや不正確な点もあった。具体的な差異は次の通り。

差異1:配備場所
読売報道(5/6)…「秋田市」の一か所
防衛省 (6/15)…「山口県秋田県」の二か所

差異2:中止理由
読売報道(5/6)…「地元の反対感情が強く、配備は困難」
防衛省 (6/15)…「期間、コストがかかる※」
(※「SM-3ブロックⅡA開発」の実績:1,100億円、12年と同程度)」

差異3:今後の配備の検討
読売報道(5/6)…「今後、秋田県内で配備候補地を検討する方針」
防衛省 (6/15)…「山口を断念する以上、秋田のプロセスも停止をせざるを得ない」

ただし、防衛相が説明する理由は恐らく建前で、真相は違う可能性があると思われる。

 

◆大臣による「フェイクニュース」認定

 

 今回の事態について、5月6日時点で河野大臣は、読売他を「フェイクニュース」と認定し、添付画像の通りSNS他でその旨下記のように「広報」していた。

(5/6の読売ツイッターに対して)「今回のフェイクニュースの先陣を切ったのは読売新聞。」
(5/6のNHKツイッターに対して)「フェイクニュース。朝からフェイクだと伝えているのに、夜のニュースでも平気で流す。先方にも失礼だ。」
(以上、ツイッターより引用)

f:id:johokensho:20200617144345j:plain

 

 権力側が「フェイクニュース認定」をすることには、確たる根拠があるべきだ。
 なぜなら、現役大臣は、その発言自体がニュースバリューを持つほど大きな影響力を持つ。そのような大臣による「フェイクニュース」認定には、報道機関の適時適切な報道に対する負の影響もあり得るからである。
 また、例えば慰安婦報道に関する名誉棄損の裁判において、妥当に感じる判決に対して原告側が「不当判決だ」と強弁するのは(筆者にとって)見苦しい。事実に近い5月の読売他の報道を「フェイク」と断定することは、それと同質な対応に見える。見え方以上に問題なのは、元朝日記者と現職防衛大臣とでは、その言葉の重みが桁違いであり、案件によっては道理が曲げられるリスクがあることだ。

 

◆メディアは日本社会の空気を醸成

 確かに、防衛大臣のコメントを「恫喝」と受け止めなくてもよいのが現代日本の良さである。しかし報道が持つ「権力監視機能」を健全に維持することには、もっと注意を払うべきである。
 戦前の日本では、「日比谷(交番)焼き討ち(1905)」あたりから新聞による扇動の動きが始まり、右翼社会主義の台頭、統帥権干犯の難癖、5.15、2.26と推移して30年ほどの短期間で陸海軍に物が言えなくなっていった(筆者の個人的見解)。現代でも「緊急事態」に直面すれば、「人権」を制約する施策を声高に主張するような日本社会である(感染症騒動でも観測された)。
 メディアは日本の空気を醸成し、その意思決定を左右する影響力を持つので、「メディアの健全さを保つこと」は、(内なる暴走から)「日本を防衛すること」でもある。その観点から見れば、メディアの論調に最大限の注意を継続して払うことは防衛行動である。やはり防衛大臣がそれを破壊しかねない発言をするのは控えるべきだろう。

 今回、河野防衛大臣が5月6日の時点で、「フェイクニュースだ」と殊更に断定して発信したのは上策ではなかった。仮定の話だが、公式会見を開き、「イージス・アショア配備に関し日本政府および防衛省は従来通りの方針で調査と検討を進めており、現段階で計画の変更はない。従って報道機関は政府公式見解に基づく公正妥当な報道を希望する」という趣旨の情報発信で泰然と処理していたら、漏洩機密の消火対応としては適切だっただろう。

 正しい事実に基づく報道を「これはフェイクニュース」と誤って断定することもまた「フェイク」である。このようなパラドックスの発生と拡散は社会を誤導しかねないので、自戒を込めて注意して行きたい。

 

【文責:田村和広】

 

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