企業での抗体検査の導入拡大はよいことなのか?
厚労省が実施した抗体検査で、東京0.10%、大阪が0.17%、宮城0.03%との結果が公表された。精度の問題はあるにせよ、「国内でほとんどの人がこれまで感染していない」ことは概ね間違いなさそうだ。日本で感染の広がらない要因は諸説唱えられているが、「東アジアでは昨年からすでに感染が広がっていた」説もあった。データが積み重ねられて、実態が明らかになることは、極めて重要だ。
https://www.mhlw.go.jp/content/10906000/000640184.pdf
抗体検査は、企業でも導入する事例が増えている。日経新聞「『社員に安心を』抗体検査広がる RIZAPなど」(6月2日)などメディアでも紹介され、身近に見聞きすることも増えてきた。
だが、意味不明なことがある。多くの企業で、「抗体検査による陰性証明」、つまり「抗体検査で陰性ならば出勤可」といった使い方がなされているらしきことだ。これは、検査の誤用と考えられる。
抗体にはIgM抗体とIgG抗体の2種類があるが、いずれも発症から一定期間(1週間程度など)たってから現れるとされる。このため、少なくとも現時点では(今後の検査技術の革新はもちろんあろうが)、抗体検査は、現在感染しているかの判別でなく、「住民の中でどの程度感染が広がっていたのか」の疫学調査などに用いられることが一般的だ。
https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2765837
「抗体検査による証明書」(Immunity Passport)の議論もある。だが、欧州などでなされている議論は全く逆で、「抗体検査による陽性証明」、つまり「陽性ならば、免疫があるので安心して活動再開可」という使い方だ。だが、免疫がどの程度有効なのかは明らかになっていないため、WHOは現段階ではこうした検査利用を否定している。
https://www.who.int/news-room/commentaries/detail/immunity-passports-in-the-context-of-covid-19
「抗体検査による陰性証明」の事例として、エミレーツ航空が4月、「乗客に抗体検査を行い、陰性なら搭乗可」を導入したことはあった。東京新聞記事(6月7日)などでも報じられているが、これは、検査の正確性の問題から5月に中止されたはずだ。
こうした中、日本で「抗体検査による陰性証明で安心を」との使い方が広がりつつあるのは、甚だおかしな話だ。また、厚労省や医師会が、検査の誤用にストップをかけているようにみえないことも不思議だ。
厚労省のホームページでは、以下の一般的な記載はあるが、それ以上の注意喚起がなされている形跡はない。
「・現在、イムノクロマト法と呼ばれる迅速簡易検出法をはじめとして、国内で様々な抗体検査キットが研究用試薬として市場に流通していますが、期待されるような精度が発揮できない検査法による検査が行われている可能性もあり、注意が必要です。
・また、現在、日本国内で医薬品・医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(薬機法)上の体外診断用医薬品として承認を得た抗体検査はありません。WHOは、抗体検査について、診断を目的として単独で用いることは推奨されず、疫学調査等で活用できる可能性を示唆しています。」
企業側に「安心」に対するニーズのあることは理解できる。また、感染がほとんど広がっていない日本の現状では、的外れな検査を行っても、現実に感染者が見逃される問題はほとんど生じないだろう。実害はほぼないのだから、企業のニーズに応え「安心」を与えてあげればいいじゃないか、との考えもあるのかもしれない。
しかし、一般に、不安につけこみ、効能を誤認させ、商品やサービスを売ることは、不当なビジネスだ。政府や医師会がこれを放置し、一部メディアに至ってはこれを誘発してお先棒を担いでいるようにみえるのは、解せないことだ。
(なお、以下のNHKのウェブサイト記事では、日経新聞記事と異なり、「抗体検査の使い方に疑問」があることも指摘されている。)
【文責:原英史】
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