情報検証研究所のブログ

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【検証:中国のCOVID-19推移】   ~5月18日以降死亡者 0 の意味~  

複数の国を比較する場合、定義や測定値に対する信頼性の差異には注意が必要です。文化や価値観を共有する国家間であれば数値の補正も可能ですが、そうでない場合は比較条件を揃えるのは困難でしょう。
 
◆ 中国のCOVID-19推移
SARS-CoV-2の発生地とされる中国ですが、その後発表される状況を見ると「制圧」または「管理」できているように感じます。中国のCOVID-19の発生状況推移はグラフ1(※)の通りですが、注目は死亡者数の推移です。5月17日を最後に、それ以降5カ月近く、死亡者が発生しておりません。しかし、5月18日以降累計で3,337人の「感染者」が出ており、その致死率が 0 というのは、日本の基準で考えるならば現実的ではない印象を受けます。
(※データは厚生労働省ウェブサイト「報道発表資料」より筆者集計。なお、厚生労働省データは、「【資料出所】ジョンズ・ ホプキンス大学 新型コロナウイルス感染症のデータベース等」とのことです。) 

https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/index.html

 

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◆ 中国が配信する情報
ここで着目したいのはその集計値の妥当性ではなく、日本が属する民主主義世界と中国の間には、「思考や価値観に大きな差異がある」ということです。具体的には中国の「数値の扱い方」または「発表の姿勢」は我々とは違うということです。
従来から、GDP成長率をはじめ、中国が発表する情報に対しては様々な見解があります。しかしながら、様々な種類の大量データを一つ一つ差異分析することは現実的には不可能であり、長年受容し続ければいつしか馴化してしまい、違う事柄や数値を“同じもの”として扱い始めます。「中国のGDP成長率が“6.1%”に鈍化した」と発表されれば「中国が6.1%経済成長しているのに我が国は…」と受け止めるようになります。「このまま中国は富み続け、日本は停滞し続けいつかは…」という類の刷り込みは強くなって行くばかりです。
COVID-19パンデミックのもと、主要各国がマイナス成長で苦しむ中、中国がいち早く「プラス4.9%」という情報が流れれば、「中国式の国家体制や管理の方が強いのではないか」という見解も一定の説得力を持ち始めます。
 
◆ 肥大化したイメージは心理的な屈服を惹起しかねない
戦史を振り返ります。1941年12月から1942年4月頃までに、日本は西太平洋からインド洋まで「破竹の快進撃」と紋切り型に形容される攻略戦で米英蘭現地軍を次々と屈服させました。しかし「破竹の」はメディアなどによって「ストーリーの起伏作り(プロット)」で作られたイメージです。実際には、計画通りに進まず援軍でやっと攻略したり、日本軍の弾薬が払底する直前に敵が降伏するような事例の連続でした。更には日本の小部隊が命令を無視して突出・攻撃すると、敵側大部隊が「戦略合理性に照らして、こんな小部隊だけで挑戦する訳がない。これは近くに大部隊が迫っている証拠だ」と考えて撤退・降伏するような事例さえありました。つまり、実体よりもはるかに肥大化した「強い日本軍」という心理的イメージで屈服してしまった、という面もありました。
 
◆ 二要素から帰納的に将来予測
「中国発の情報」の実相と「刷り込まれたイメージ」に影響される人間の性質の二要素から帰納的に考えるならば、現在の日本は中国に過大なイメージを抱き、「実体と乖離した中国」を思考の前提においていないでしょうか。
例えば、PISA2018(OECD国際学力調査)で中国の一部地域のデータも発表され、優秀な順位が印象的でした。しかし、この調査は各国の教育政策を国際比較する目的で設計・運用されているものですが、出力結果について目的外の拡大解釈も多くなされました。「中国の教育は優秀」「中国は強国」という趣旨で世界に受け止められた印象があります。諸国がデータの偏りの排除に意を尽くしている中、先進地域だけを参加させた中国の数値を検証もなく参考にしてもいいとは、私は考えません。また、PISA相対評価に大きく揺れる文部科学省が、趣旨不明な教育改革に着手したりしないかも懸念します。更に言えば近い将来実施されるPISA2021(発表は2022年)の結果から、我が国の世論や教育政策は一層強い負の影響を受けずに済むのでしょうか。
 
◆ 不正確なデータによる比較は疑似科学
「参考までに」という位置付けで、定義や集計方法があやしい情報はこれまで数多く存在し、これからも数多く配信されるでしょう。実際に大変参考になるものもありますが、逆にあやまった決断に誘導してしまう情報もあります。一傍証に過ぎない曖昧データを決定的な“エビデンス”と混同して使う人もいるでしょう。特に第一印象の影響は非常に強いため、一度世の中に広まった誤解(例えばメディア発「HPVワクチンの誤ったリスクイメージ」等)はそう簡単には修正できません。
信頼性の低いデータが「国家による調査発表」や「新聞・テレビの情報」という「権威の衣」をまとって流通するとき、場合によっては「データが存在しない」よりも厄介な悪影響を及ぼすことがあります。発信者が誰であれ、重要な情報については、信頼性の吟味を省略することはできないでしょう。
情報取り扱い技術の向上が、日本の将来のために重要でしょう。
 
(おわり)

【文責:田村和広】

 


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