情報検証研究所のブログ

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「安心のための検査」はどれぐらい安心か?


 「安心のための検査」論が広がっている。
 ハーバード大学倫理センターが4月に公開した“Roadmap to Pandemic Resilience”では、一日500万件の大量のPCR検査と追跡、隔離により、経済・社会活動の早期再開を目指す道筋を提言した。

https://ethics.harvard.edu/covid-19-response

 

 日本国内では、コロナ諮問委員会のメンバーに経済分野から加わった小林慶一郎氏が、上記提言を下敷きに、「医療のため」の検査から「社会の不安を取り除くため」の検査への転換を唱えている。

https://www.canon-igs.org/column/macroeconomics/20200501_6389.html

 

 アカデミックの領域からの問題提起は、国内外で、現実の施策にも影響を与えているようだ。例えば、
武漢市では、住民990万人のPCR検査を19日間(5月14日から6月1日まで)で行い、無症状の陽性者300人をみつけたと報じられる。市は「社会の中の恐怖を取り除く」として全員検査に踏み切ったという。
・日本でも、湯崎英彦広島県知事ほか18道県知事が5月11日、「大規模な検査への転換」「感染拡大を封じ込める攻めの戦略」を共同提言した。

https://www.pref.iwate.jp/kensei/seisaku/bunken/kouiki/1030113.html

・Jリーグやプロ野球などスポーツ界では、選手らの定期的全員PCR検査が行われる方向だ。
・東京都の夜の街対策としても、従業員の定期的なPCR検査が打ち出されている。
・企業レベルでは、ソフトバンクはグループ企業や取引先などの従業員44,000人に抗体検査を行った結果を6月9日に公開。今後は、抗体検査と唾液PCR検査を全従業員に定期的に行う方針という。

https://www.softbank.jp/sbnews/entry/20200610_01

 

 こうした問題提起や模索が進みつつあることは、大いに歓迎すべきだ。検査や追跡のための技術は、スペイン風邪などかつてのパンデミックの時代と比べ、革新的に進んだ。これを活かし、21世紀型の新たな感染症対策を模索することは、人類にとって極めて重要だ。

 しかし、理論と現実の施策は別次元で考える必要がある。現実の施策は、有効性と危険性を的確に評価し、それを住民や関係者に十分開示して行わなければならない。

 とりわけ課題は、PCR検査の精度との関係、特に、無症状の感染者を検査でどれぐらい発見できるのかだ。筆者はこの分野の専門家でないので、ネット上で論文等をみる限りだが、
・以下文献(5月6日)では、発症前はPCR検査での検知可能性は低く(”detection unlikely”)、検知可能性の高い期間は発症後1~3週とされている。

https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2765837

 

f:id:johokensho:20200615222538p:plain



・感染から発症までの間の感度は、発症4日前は0%(つまり感染していても100%偽陰性)、発症前日で67%との論文(5月13日)もある。

https://www.acpjournals.org/doi/10.7326/M20-14k95

・その一方、他人への感染力は、発症の2~3日前から現れ、発症から7日以内に急減するとされる。

https://www.nature.com/articles/s41591-020-0869-5

 

もしこれらが正しいとすれば、

・無症状の感染者を検査しても、大半は偽陰性になり、発見されるのは一部にとどまる、

・数日おきに定期検査すれば検知可能性は高まるが、その頃にはすでに他人への感染力は消えている蓋然性も高い、

ということのように思われる。

これでは、「検査で感染者を隔離すれば安心」という話とは程遠い。

 

 もちろん、検査の技術は日々進歩しているのだろうし、日本では精度がもっと高いのかもしれない。上記の論文・文献の評価は、専門家にお願いしたい。

(なお、ハーバード大学のロードマップでは、「概ね20%の偽陰性率」を前提に、数日ごとに検査を繰り返すことで解決可能との考え方がとられている。これと上記文献との整合性についても、専門家に検証いただければと思う。)

 

 無症状感染者を検査で発見できる可能性が低いとしても、検査が全く無意味ということではない。少しでも検知する必要性の高い集団(特にリスクの高い集団など)の場合、定期的な全員検査の合理性はあろう。

 しかし、どこまで広げる合理性があるかは、検査の精度次第のはずだ。発症前の感度がやはりごく低いとすれば、むしろ発熱などを確実に把握する健康管理の仕組みづくりのほうが、一般には有用かもしれない。

 また、検査を行う場合は、「陰性」判定の意味、つまり、「陰性ならほぼ安心」なのか、「陰性ならある程度安心」なのか、「陰性だから安心とはいえない」なのかは、データに基づき正しく伝えられなければならない。

 これを欠いたまま、企業単位や社会全体でなんとなく「安心のための検査」を進めることは、合理性に疑念があるだけでなく、誤った安心が感染を広げるなどの実害にもつながりかねない。

 

データに基づき、施策の有効性と危険性を検証する作業が緊要だ。

 

【文責:原英史】

 

 

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